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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第14話「謝罪文の形」

午後の作業が始まる前、


相沢は職員に呼ばれた。



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「指導室へ」



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短い指示。



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相沢は立ち上がる。



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廊下を歩く。



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作業場とは違う空気だった。



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静かだが、


少しだけ“言葉”が存在する空間。



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小さな部屋。



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机。



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椅子。



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担当職員が書類を見ながら言う。



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「被害者遺族への謝罪文、定期提出の時期です」



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その言葉で、


空気が重くなる。



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謝罪文。



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収監後、


何度か書いてきた。



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だが未だに慣れない。



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職員は続ける。



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「内容は自由です」



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「ただし、事実と反省を簡潔に」



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“簡潔に”。



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その言葉が妙に冷たく感じる。



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相沢は席に座る。



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白い紙。



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ペン。



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しばらく動けない。



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事故のことを書く。



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だが、


何をどう書けばいい。



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申し訳ありません。



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反省しています。



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償いたいと思っています。



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その言葉は、


何度も頭に浮かぶ。



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しかし同時に、


全部“定型文”にも見えてしまう。



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本当に苦しんでいる人間の言葉が、


なぜこんなに薄く感じるのか。



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相沢はゆっくり書き始める。



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> この度は、私の身勝手な判断により





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そこで止まる。



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“身勝手”。



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その表現は正しい。



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だが、


その一言で片付けていいのか分からない。



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事故の夜。



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空気。



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流れ。



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断れなかった感覚。



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それら全部が存在していた。



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しかし、


だからといって責任が消えるわけではない。



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相沢は続ける。



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> 大切な命を奪ってしまったことを





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手が止まる。



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“命”。



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裁判でも何度も聞いた言葉。



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ニュースでも使われた。



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だが文字にすると、


急に現実味を持つ。



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一人の人生。



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家族。



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未来。



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全部が、


自分の判断で途切れた。



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相沢は呼吸を整える。



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紙を見る。



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謝罪文とは何なのだろう。



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反省の証明か。



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手続きか。



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償いの一部か。



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あるいは、


“加害者が反省している形”なのか。



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職員は何も言わない。



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ただ待っている。



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静かな部屋。



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相沢は再び書く。



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> どのような言葉を書いても





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> 失われたものは戻らないと理解しています。





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そこだけは、


嘘じゃなかった。



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だがその瞬間、


別の疑問が浮かぶ。



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“理解しています”と書く資格が、


自分にあるのか。



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本当に理解しているなら、


事故は起きなかったのではないか。



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ペンが止まる。



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頭の中に、


法廷で見た遺族の顔が浮かぶ。



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泣いてはいなかった。



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ただ、


完全に温度を失った目をしていた。



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あの視線だけが、


今でも忘れられない。



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相沢は最後に、


短く書き加える。



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> 生涯をかけて、自分の行為と向き合います。





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書き終わる。



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だが達成感はない。



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ただ疲労だけが残る。



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職員が紙を確認する。



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特に感想は言わない。



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「預かります」



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それだけ。



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謝罪文は回収される。



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紙一枚。



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だがそこには、


言葉にならないものが大量に残っていた。



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部屋へ戻る。



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布団に座る。



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相沢は自分の手を見る。



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文字を書いた指。



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その指で、


ハンドルも握っていた。



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夜。



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消灯。



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暗闇。



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相沢は思う。



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謝罪には形がある。



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文章。



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態度。



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言葉。



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だが後悔には形がない。



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だからこそ、


どれだけ書いても、


本当に伝わった気がしないのかもしれない。

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