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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第13話「忘れられる側の時間」

手紙が来てから、


相沢は少しだけ外を意識するようになった。



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母親。



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父親。



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家。



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それらはまだ存在している。



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しかし、


自分がその中に含まれている感覚は薄かった。



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朝。



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点呼。



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返事。



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移動。



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いつもの流れ。



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だが最近、


時間がさらに均一になっている。



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昨日と今日の境界が曖昧だ。



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曜日も意味を失っている。



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作業場へ向かう途中、


相沢はふと思う。



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外では今、


何曜日なのだろう。



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事故前なら、


金曜日には少し気分が軽くなった。



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土曜の予定を考えたり、


飲み会の話をしたり。



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だがここでは、


曜日は管理表の中にしか存在しない。



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午前作業。



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書類整理。



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確認。



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記録。



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相沢は淡々と手を動かす。



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最近、


職員に注意されることも減った。



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動きが“施設側のリズム”に合ってきている。



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それが少し怖い。



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昼休み。



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向かいの男が、


珍しく長く喋った。



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「最初さ」



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「みんな、自分のこと忘れないと思うんだよ」



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相沢は顔を上げる。



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男は味噌汁を見たまま続ける。



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「会社とか、友達とか、家族とか」



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「ずっと待ってる気がする」



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少し笑う。



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「でも外は普通に進む」



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その言葉は静かだった。



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説教ではない。



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諦めでもない。



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ただ経験として出てきた声。



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「最初は手紙も来る」



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「面会も来る」



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「でも段々減る」



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「悪いとかじゃなくて、生活があるから」



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生活。



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その単語が重い。



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外の人間には、


毎日が続いている。



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仕事。



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家庭。



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疲労。



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季節。



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その流れの中で、


“収監された誰か”は少しずつ遠くなる。



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相沢は返事ができない。



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男は小さく肩をすくめる。



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「まあ、その方が自然なんだけどな」



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午後。



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作業。



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だが相沢の頭には、


さっきの言葉だけが残っている。



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忘れられる。



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事故直後は違った。



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ニュース。



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裁判。



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会社。



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みんなが相沢を見ていた。



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だが時間が経てば、


人は次の出来事へ進む。



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新しいニュース。



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新しい仕事。



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新しい悩み。



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それは当然だ。



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なのに、


胸の奥が少し冷える。



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夕方。



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房へ戻る途中、


窓から外が見える。



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学生が歩いている。



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笑っている。



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スマホを見ている。



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その光景の中に、


事故の影は見えない。



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世界は続いている。



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相沢がいなくても。



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夜。



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布団に座る。



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母親の手紙をもう一度開く。



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紙の匂い。



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文字。



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少し乱れた筆圧。



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その全部が、


“まだ繋がっている証拠”に見える。



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だが同時に、


それが永遠ではないことも分かってしまう。



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面会は減るかもしれない。



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手紙も減るかもしれない。



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それは冷たいからじゃない。



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人は、


生きるために前へ進くしかないからだ。



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相沢は天井を見る。



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ここでは時間が止まっているようで、


実際は違う。



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“自分だけが同じ場所に固定されている”。



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外の世界は流れていく。



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そして流れ続けるうちに、


事故も、


裁判も、


名前も、


少しずつ薄れていく。



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相沢は静かに目を閉じる。



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忘れられることは怖い。



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だが本当に怖いのは、


“忘れられるのが自然だと理解してしまうこと”だった。

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