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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第12話「返事をしない手紙」

数日後。



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午前作業の途中で、


相沢は再び職員に呼ばれた。



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「郵便です」



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その一言だけで、


作業場の空気が少し遠くなる。



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相沢は立ち上がる。



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受け取った封筒は、


薄かった。



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差出人の名前を見る。



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母親だった。



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その文字を見た瞬間、


胸の奥が少し重くなる。



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部屋へ戻るまで開けない。



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ここでは、


感情を途中で開くのが怖かった。



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夕方。



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房。



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布団に座る。



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相沢は封筒を見つめる。



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見慣れた字。



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昔から変わらない、


少し丸い文字。



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ゆっくり開ける。



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中には便箋が二枚。



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短い文章だった。



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> 元気にしていますか。





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最初の一文だけで、


相沢は少し息が止まる。



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“元気”という言葉が、


ここでは奇妙に感じる。



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母親の手紙は続く。



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> お父さんは相変わらず無口です。





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> でも毎日ニュースを見ています。





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> あなたのことを口にはしません。





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その文章から、


家の空気が伝わってくる。



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静かな食卓。



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テレビの音。



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言葉を避ける父親。



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相沢は視線を落とす。



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手紙には、


責める言葉はなかった。



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「頑張って」



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「反省して」



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そういう言葉すらない。



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ただ生活だけが書かれている。



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近所の話。



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天気。



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庭の花。



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事故と関係のない日常。



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それが逆につらかった。



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母親は、


“普通”を書こうとしている。



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息子がまだ家族の中にいるように。



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しかし相沢には分かる。



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その普通は、


もう元には戻らない。



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最後の一文。



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> ご飯はちゃんと食べていますか。





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そこだけ、


少し字が乱れていた。



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相沢はしばらく動かない。



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返事を書かなければならない。



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だが何を書けばいい。



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「元気です」



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嘘になる。



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「苦しいです」



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それを書いてどうなる。



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「ごめんなさい」



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それはもう何度も思っている。



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だが、


どの言葉も足りない。



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夜。



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相沢は便箋を前に座っていた。



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ペンを持つ。



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白い紙。



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何も書けない。



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頭の中には言葉がある。



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だが文章にすると、


全部薄く感じる。



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謝罪。



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後悔。



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感謝。



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どれも本当だ。



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しかし本当だからこそ、


文字にすると嘘っぽくなる。



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相沢はようやく一行だけ書く。



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> 元気です。





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そこで止まる。



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違う。



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消す。



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もう一度書こうとする。



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手が止まる。



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外では、


母親が普通に生活している。



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洗濯をして。



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買い物をして。



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夕飯を作って。



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その生活の中に、


“犯罪者の息子”という現実だけが混ざっている。



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相沢は目を閉じる。



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自分はここにいる。



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だが、


罰を受けているのは自分だけじゃない。



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家族もまた、


別の形で切り離されている。



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消灯時間が近づく。



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相沢は結局、


便箋を白紙のまま閉じる。



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返事を書けない。



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いや、


“返していい言葉”が見つからない。



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布団に横になる。



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暗闇。



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枕元には、


母親の手紙が置いてある。



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その存在だけが、


ここに来る前の人生を証明していた。



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そして相沢は、


静かに理解する。



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本当に苦しいのは、


責められることじゃない。



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“まだ家族として扱われること”なのだと。

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