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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第11話「夢の中の信号」

その夜、相沢は久しぶりに夢を見た。



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最初は普通だった。



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街。



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信号。



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コンビニの光。



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どこにでもある夜の風景。



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相沢は歩いている。



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スーツ姿。



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仕事帰りのようだった。



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空気は少し暖かい。



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夏前の夜。



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遠くで車が通る。



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誰かが笑っている。



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“普通の夜”。



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夢の中の相沢は、


その普通さに違和感を持たない。



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信号が赤になる。



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立ち止まる。



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隣に誰かいる。



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健。



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笑っている。



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「まだ時間あるだろ」



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事故前の声。



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軽い。



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何も壊れていない頃の声。



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相沢も何か返す。



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だがその内容は聞き取れない。



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夢だからではない。



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“意味のない会話”だからだ。



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信号が青になる。



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二人で歩き出す。



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その時、


急に景色が変わる。



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車の中。



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夜道。



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ハンドル。



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助手席に誰かいる。



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顔は見えない。



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ラジオの音だけが小さく流れている。



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相沢は運転している。



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だが夢の中なのに、


すでに“間違っている”と分かっている。



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酒。



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夜。



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判断。



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全部が曖昧なのに、


危険だけは鮮明だ。



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信号が見える。



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赤。



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だがブレーキが遅い。



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その瞬間、


夢の中の時間がゆっくりになる。



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助手席の誰かが何か言う。



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聞き取れない。



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だが声だけで分かる。



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“止めている”。



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相沢はブレーキを踏む。



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しかし間に合わない。



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信号の赤だけが、


異常に鮮明になる。



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そこで目が覚める。



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暗闇。



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天井。



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息が浅い。



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身体が汗ばんでいる。



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しばらく、


今がどこなのか分からなかった。



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夜の房。



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静かな空気。



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遠くの足音。



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現実が少しずつ戻ってくる。



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相沢はゆっくり呼吸を整える。



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夢。



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ただの夢。



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だが問題は、


夢の内容ではない。



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“事故前の空気”を、


まだ身体が覚えていることだった。



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楽しさ。



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軽さ。



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何も起きないと思っていた感覚。



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その空気が、


今でも夢の中では自然に再現される。



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相沢は目を閉じる。



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だがもう眠れない。



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頭の中に、


赤信号だけが残っている。



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現実の事故現場とは違う。



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だが夢の中の赤信号は、


もっと単純だった。



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“止まれ”。



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それだけ。



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なのに止まれなかった。



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相沢は布団の中で小さく息を吐く。



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もし人間が、


本当に過去を忘れられるなら。



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夢なんて見ないのかもしれない。



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だが実際は違う。



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記憶は薄れても、


身体は残している。



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空気。



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温度。



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声の軽さ。



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そして、


“何も起きないと思っていた感覚”。



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それらが、


夜になると戻ってくる。



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巡回の足音が聞こえる。



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一定の間隔。



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変わらないリズム。



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相沢は暗闇を見る。



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ここへ来てから、


時間の感覚は曖昧になった。



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だが夜だけは違う。



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夜は、


過去を連れてくる。



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しかも、


一番戻りたくない瞬間の直前だけを。

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