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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第10話「壁の向こうの季節」

朝。



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起床。



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点呼。



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食事。



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いつも通りの流れ。



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しかし今日、


相沢は小さな違和感を覚えていた。



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食堂へ向かう途中、


廊下の窓から見える景色が少し変わっていた。



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木の色。



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空気の明るさ。



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光の角度。



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季節が動いている。



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その事実に、


相沢は少し遅れて気づく。



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ここでは毎日が似ている。



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だから外の変化に鈍くなる。



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だが外は止まっていない。



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春が過ぎ、


少しずつ夏に近づいている。



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相沢は窓を見る。



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外の木が揺れている。



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風がある。



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その風の感覚を、


もう身体では思い出しにくくなっていた。



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食堂。



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席に座る。



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同じ皿。



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同じ静けさ。



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だが今日は、


向かいの男がぽつりと言う。



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「もう半袖の時期か」



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その一言で、


相沢は初めて“外の温度”を想像する。



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暑さ。



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汗。



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夕方の空気。



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事故前なら、


そんなこと気にも留めなかった。



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だが今は違う。



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季節が、


“壁の向こう側の現象”になっている。



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午前作業。



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分類作業をしながら、


相沢はぼんやり考える。



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外の世界では、


みんな普通に季節を進んでいる。



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コンビニの商品が変わる。



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服装が変わる。



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テレビの話題が変わる。



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だがここでは、


変わるのは日付だけだ。



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その感覚が、


少し怖い。



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昼休み。



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食堂の隅で、


誰かが小さく咳をする。



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別の誰かが水を飲む。



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静かな空間。



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相沢はふと思う。



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ここにいる人たちは、


どれくらい季節感を失っているのだろう。



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夏。



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秋。



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冬。



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外では大きな意味を持つ。



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だがここでは、


空調と予定表の中に埋もれていく。



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午後。



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作業終了間際、


職員が窓を少しだけ開ける。



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ほんの短時間。



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外気が入る。



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その瞬間、


空気が変わる。



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湿った匂い。



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少し暖かい風。



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相沢は思わず顔を上げる。



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数秒だけだった。



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だがその数秒で、


外の世界が急に現実味を持つ。



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“まだ存在している”。



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その感覚。



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すぐに窓は閉まる。



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空気が戻る。



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管理された温度。



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均一な匂い。



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しかし相沢の中には、


外気の感覚だけが残った。



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夕方。



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部屋へ戻る。



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布団に座る。



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今日は少しだけ、


昔の夏を思い出す。



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仕事終わりの熱気。



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コンビニの冷気。



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夜道。



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自販機の缶コーヒー。



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そんな細かい記憶。



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事故とは関係ない、


ただの生活。



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だがその“ただの生活”が、


今は異常に遠い。



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相沢は壁を見る。



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この壁は、


物理的に外を遮っている。



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だが本当に遠ざけているのは、


“季節を共有する感覚”なのかもしれない。



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外では夏が近づく。



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人が歩く。



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笑う。



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働く。



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恋をする。



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時間が流れていく。



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しかしここでは、


その流れが届く前に薄まる。



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夜。



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消灯。



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暗闇。



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相沢は目を閉じる。



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外の風を思い出そうとする。



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だが細部が曖昧になる。



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風の温度。



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匂い。



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湿気。



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少しずつ、


現実感が失われている。



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そして相沢は理解する。



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人は、


自由を失うだけでは壊れない。



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“季節と一緒に生きる感覚”を失った時、


初めて世界から切り離されていくのだと。

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