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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第9話「消えない夜の順番」

夜は静かだった。



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だがその静けさには、


“終わり”が存在しない。



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消灯後。



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相沢は目を閉じていた。



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眠っているわけではない。



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ただ、


身体を止めているだけだった。



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周囲からは小さな生活音が聞こえる。



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布団の擦れる音。



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咳。



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遠くの足音。



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そのどれもが小さい。



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しかし、


完全な無音ではない。



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ここでは、


人が存在していることだけが音になる。



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相沢は薄く目を開ける。



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暗い天井。



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最近、


眠る前に必ず同じ記憶が浮かぶ。



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事故の直前。



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車に向かう瞬間。



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ポケットのキー。



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誰かの笑い声。



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その場面だけが、


毎晩同じ順番で再生される。



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最初はもっと色々思い出していた。



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裁判。



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被害者家族。



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ニュース。



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だが時間が経つにつれて、


記憶は少しずつ削れていった。



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今残っているのは、


“始まる直前”だけだ。



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なぜそこだけ残るのか、


相沢にも分からない。



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ただ、


事故そのものより、


“戻れたかもしれない最後の地点”の方が強く残る。



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廊下から足音が聞こえる。



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夜間巡回。



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一定間隔で繰り返される音。



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規則。



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監視。



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確認。



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ここでは夜ですら管理されている。



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相沢は目を閉じ直す。



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するとまた、


あの夜が始まる。



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居酒屋。



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酒。



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笑い声。



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「もう一軒行く?」



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誰かの声。



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曖昧だ。



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顔もぼやけている。



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だが空気だけは鮮明だった。



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“断らない方が自然”



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その空気。



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相沢はその場面を、


何百回も繰り返し見ている。



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だが毎回、


同じところで終わる。



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車のドアを開ける直前。



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そこから先は、


逆に曖昧になる。



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事故の衝撃より、


“選択の瞬間”の方が記憶に残っている。



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相沢はゆっくり息を吐く。



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もし、


あの時。



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その言葉はもう意味がない。



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それでも脳は止まらない。



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人間は、


終わった可能性を繰り返し再生してしまう。



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しかも、


少しずつ内容を変えながら。



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「今日はやめとく」



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「タクシー呼ぶわ」



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「誰か代行頼もう」



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現実では言わなかった言葉が、


頭の中では何度も再生される。



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そして毎回、


現実に戻される。



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布団の硬さ。



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暗闇。



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静かな監視音。



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“ここ”に。



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相沢は気づく。



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この場所で本当に辛いのは、


自由がないことじゃない。



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“考える時間が多すぎること”だ。



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外の世界には、


雑音があった。



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仕事。



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スマホ。



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会話。



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テレビ。



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だがここでは、


記憶から逃げるための雑音がない。



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だから夜になると、


過去が順番通りに再生される。



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しかも毎日。



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終わることなく。



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遠くでまた足音がする。



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巡回。



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時間確認。



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存在確認。



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相沢は目を閉じる。



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眠気は来ない。



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だが朝は来る。



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その繰り返しだけが、


確実だった。



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そして相沢は、


少しずつ理解していく。



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刑期とは、


時間を奪われることではない。



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“同じ夜を何度も見続けること”なのだと。

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