第9話「消えない夜の順番」
夜は静かだった。
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だがその静けさには、
“終わり”が存在しない。
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消灯後。
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相沢は目を閉じていた。
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眠っているわけではない。
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ただ、
身体を止めているだけだった。
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周囲からは小さな生活音が聞こえる。
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布団の擦れる音。
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咳。
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遠くの足音。
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そのどれもが小さい。
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しかし、
完全な無音ではない。
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ここでは、
人が存在していることだけが音になる。
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相沢は薄く目を開ける。
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暗い天井。
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最近、
眠る前に必ず同じ記憶が浮かぶ。
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事故の直前。
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車に向かう瞬間。
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ポケットのキー。
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誰かの笑い声。
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その場面だけが、
毎晩同じ順番で再生される。
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最初はもっと色々思い出していた。
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裁判。
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被害者家族。
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ニュース。
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だが時間が経つにつれて、
記憶は少しずつ削れていった。
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今残っているのは、
“始まる直前”だけだ。
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なぜそこだけ残るのか、
相沢にも分からない。
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ただ、
事故そのものより、
“戻れたかもしれない最後の地点”の方が強く残る。
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廊下から足音が聞こえる。
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夜間巡回。
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一定間隔で繰り返される音。
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規則。
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監視。
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確認。
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ここでは夜ですら管理されている。
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相沢は目を閉じ直す。
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するとまた、
あの夜が始まる。
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居酒屋。
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酒。
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笑い声。
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「もう一軒行く?」
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誰かの声。
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曖昧だ。
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顔もぼやけている。
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だが空気だけは鮮明だった。
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“断らない方が自然”
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その空気。
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相沢はその場面を、
何百回も繰り返し見ている。
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だが毎回、
同じところで終わる。
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車のドアを開ける直前。
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そこから先は、
逆に曖昧になる。
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事故の衝撃より、
“選択の瞬間”の方が記憶に残っている。
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相沢はゆっくり息を吐く。
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もし、
あの時。
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その言葉はもう意味がない。
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それでも脳は止まらない。
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人間は、
終わった可能性を繰り返し再生してしまう。
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しかも、
少しずつ内容を変えながら。
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「今日はやめとく」
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「タクシー呼ぶわ」
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「誰か代行頼もう」
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現実では言わなかった言葉が、
頭の中では何度も再生される。
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そして毎回、
現実に戻される。
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布団の硬さ。
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暗闇。
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静かな監視音。
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“ここ”に。
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相沢は気づく。
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この場所で本当に辛いのは、
自由がないことじゃない。
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“考える時間が多すぎること”だ。
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外の世界には、
雑音があった。
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仕事。
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スマホ。
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会話。
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テレビ。
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だがここでは、
記憶から逃げるための雑音がない。
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だから夜になると、
過去が順番通りに再生される。
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しかも毎日。
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終わることなく。
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遠くでまた足音がする。
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巡回。
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時間確認。
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存在確認。
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相沢は目を閉じる。
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眠気は来ない。
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だが朝は来る。
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その繰り返しだけが、
確実だった。
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そして相沢は、
少しずつ理解していく。
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刑期とは、
時間を奪われることではない。
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“同じ夜を何度も見続けること”なのだと。




