表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/123

第5話「沈黙に慣れる速度」

人は、どれくらいで沈黙に慣れるのか。



---


相沢は最近、それを考えるようになっていた。



---



---


最初の頃は違った。



---



---


静かすぎる空間に、


身体が落ち着かなかった。



---



---


誰も話さない食堂。



---


音だけが響く廊下。



---


必要最低限しか存在しない会話。



---



---



---


だが今は、


その静けさが少し普通になっている。



---



---



---


朝。



---



---


点呼。



---



---


返事。



---



---


移動。



---



---



---


身体が先に動く。



---



---



---


考えなくても進める。



---



---



---


そのことに気づいた瞬間、


少しだけ怖くなる。



---



---



---


“慣れている”。



---



---



---


それは適応なのか。



---



---


それとも削れているだけなのか。



---



---



---


作業場。



---



---



---


今日も同じ机。



---



---


同じ照明。



---



---


同じ空気。



---



---



---


相沢は座る。



---



---



---


職員が短く指示を出す。



---



---



---


「確認後、仕分けしてください」



---



---



---


「はい」



---



---



---


それだけ。



---



---



---


作業開始。



---



---



---


手はもう迷わない。



---



---


番号を見る。



---


分類する。



---


確認する。



---



---



---


その繰り返し。



---



---



---


時間が経つにつれて、


相沢はふと気づく。



---



---



---


ここでは“会話”より“動作”の方が重要だ。



---



---



---


正しく動けるか。



---



---


遅れないか。



---



---


規則から外れないか。



---



---



---


それがすべて。



---



---



---


人間性ではない。



---



---


機能性だ。



---



---



---


昼休み。



---



---



---


椅子に座る。



---



---



---


数人が同じ空間にいる。



---



---



---


だが互いに干渉しない。



---



---



---


その距離感は奇妙だった。



---



---



---


孤独なのに、


完全な孤立ではない。



---



---



---


同じ空間を共有しているだけの集団。



---



---



---


ふと、向かいの男が言う。



---



---



---


「何年ですか」



---



---



---


突然だった。



---



---



---


相沢は少し反応が遅れる。



---



---



---


「……三年です」



---



---



---


男は小さく頷く。



---



---



---


「慣れるよ」



---



---



---


それだけ言って、食事を続ける。



---



---



---


相沢は何も返せない。



---



---



---


“慣れる”。



---



---



---


その言葉が妙に重い。



---



---



---


何に慣れるのか。



---



---



---


規則か。



---



---


孤独か。



---



---


時間か。



---



---



---


それとも、


“自分が社会から切り離された状態”そのものか。



---



---



---


午後。



---



---



---


作業再開。



---



---



---


相沢は先ほどの言葉を引きずったまま、


手だけを動かしている。



---



---



---


慣れる。



---



---



---


その言葉には、


希望も絶望も含まれていた。



---



---



---


適応できるという意味。



---



---


同時に、


感覚が鈍くなるという意味。



---



---



---


夕方。



---



---



---


移動中、


相沢は窓を見る。



---



---



---


外は少し赤くなっていた。



---



---



---


夕焼け。



---



---



---


その色だけが、


ここでは少し異物に見える。



---



---



---


自然だけが、


規則に従っていない。



---



---



---


夜。



---



---



---


部屋。



---



---



---


布団に座る。



---



---



---


静かだ。



---



---



---


しかし以前ほど、その静けさに抵抗がない。



---



---



---


それが少し怖い。



---



---



---


相沢は思う。



---



---



---


人は大きな痛みにはすぐ慣れない。



---



---



---


だが、


“小さな停止”には静かに慣れていく。



---



---



---


会話が減ること。



---



---


名前を呼ばれないこと。



---



---


選択しないこと。



---



---



---


そういう小さな停止が積み重なる。



---



---



---


そして気づいた頃には、


元の感覚を思い出せなくなっている。



---



---



---


相沢は横になる。



---



---



---


照明が落ちる。



---



---



---


暗闇。



---



---



---


その中で、


ふと昔の記憶が浮かぶ。



---



---



---


笑い声。



---


居酒屋。



---


車のキー。



---



---



---


だが、その記憶はもう“自分の人生”というより、


映像に近かった。



---



---



---


距離がある。



---



---


温度も薄い。



---



---



---


そして相沢は、


静かに理解し始める。



---



---



---


ここで一番怖いのは、


苦しみではない。



---



---



---


“慣れてしまうこと”なのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ