第4話「名前のない反復」
ここでの生活は、繰り返しでできている。
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だが、その繰り返しは単調ではない。
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“変化がないこと”が前提として設計されている。
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朝。
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点呼。
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食事。
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作業。
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休憩。
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作業。
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夕食。
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就寝。
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その順番は、毎日ほぼ同じだ。
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相沢はもう数日で、それを身体で覚え始めていた。
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考える前に動く。
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それが一番楽だった。
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午前の作業場。
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今日の指示は少しだけ違った。
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「分類精度の確認を行う」
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数字のチェック。
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二重確認。
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単純だが、少しだけ神経を使う。
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相沢は淡々と進める。
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一つの誤りもないまま時間が過ぎる。
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そのことに気づいたとき、
少しだけ違和感があった。
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“正確にやっている自分”に、
何の感情も伴っていない。
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外にいた頃なら、
少しは達成感があったはずだった。
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だが今は違う。
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正確さは評価されるものではなく、
ただの通過条件だ。
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昼。
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食堂。
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いつも通りの静けさ。
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だが今日は、隣の男が少し違う動きをしていた。
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スプーンを止めている。
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ただ皿を見ている。
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相沢は気にしない。
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しかし数分後、
その男は突然立ち上がる。
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職員がすぐに反応する。
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「どうしましたか」
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男は何も言わない。
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ただ立っている。
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そして、ゆっくり座り直す。
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それだけだった。
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誰もそれ以上追及しない。
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その出来事は、
何事もなかったように処理される。
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午後。
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作業。
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相沢はその出来事を思い出す。
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“何も起こらなかったこととして扱われる出来事”。
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ここではそれが普通だ。
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夕方。
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廊下。
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相沢はふと、自分の名前が呼ばれていない時間の長さに気づく。
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ここでは名前は重要ではない。
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呼ばれるときだけ存在する。
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それ以外の時間は、
ただの単位だ。
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夜。
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布団に座る。
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今日も何も起きていない。
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だが何かが少しずつ削られている気がする。
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それが何かは分からない。
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ただ、
残っているものが少し軽くなっている。
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相沢は目を閉じる。
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明日も同じだ。
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それが分かっているのに、
なぜか安心できない。
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繰り返しの中で、
自分だけが少しずつ“薄くなる”感覚がある。
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そしてその薄さが、
ここでの唯一の変化だった。




