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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第2話「規則という呼吸」

朝は同じように来る。



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だが同じ朝ではない。



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起床の音。



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照明の変化。



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それらが一斉に“開始”を告げる。



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相沢は目を開ける。



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昨日と同じ場所。



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同じ天井。



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同じ布団。



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しかし違うのは、


そこに“外へ続く感覚”がないことだった。



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身体を起こす。



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自然に動くというより、


動作を再現している感覚に近い。



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廊下へ出る。



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既に数人が並んでいる。



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誰も話さない。



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視線も交わらない。



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ここでは沈黙は異常ではない。



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標準だ。



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「点呼」



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声が響く。



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名前が順番に呼ばれる。



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「相沢」



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「はい」



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それだけで終わる。



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存在確認。



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それ以上でも以下でもない。



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朝食。



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食堂は広い。



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しかし“広さ”に意味はない。



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椅子に座る。



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食事は配られる。



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同じ皿。



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同じ量。



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相沢はそれを見る。



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味よりも先に、


「これは選ばれていない」という事実が入ってくる。



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スプーンを持つ。



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食べる。



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空腹はある。



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だが満足はない。



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隣の人物が同じ動作をしている。



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そのリズムはほぼ同じだ。



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人ではなく、


工程のようだ。



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食事が終わる。



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食器を返す。



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移動。



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廊下を歩く。



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壁には何もない。



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装飾もない。



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“情報を持たない空間”。



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作業場へ。



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今日は軽作業ではなく、


分類作業だった。



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書類を仕分ける。



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番号を確認する。



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状態を記録する。



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単純だが、


間違えられない。



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「これはA区分」



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「こちらは保留」



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職員の指示は短い。



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相沢はそれに従う。



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従うというより、


反応しているだけに近い。



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時間が流れる。



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午前が終わる。



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休憩。



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椅子に座る。



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周囲は静かだ。



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誰も雑談をしない。



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その静けさは、


外の世界とは違う種類だ。



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“沈黙を強制された静けさ”。



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相沢はふと手を見る。



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指が動く。



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まだ自分の身体だ。



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だが、


意思の所在が曖昧になっている。



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午後。



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作業再開。



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同じ繰り返し。



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同じ確認。



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同じ指示。



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その中で相沢は気づく。



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ここでは“時間”が均質化されている。



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朝も昼も夜も、


意味ではなく区分として存在しているだけだ。



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夕方。



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作業終了。



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移動。



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入浴。



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食事。



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すべてが予定通りに進む。



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自由はない。



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しかし混乱もない。



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その代わりにあるのは、


“予測可能性”だった。



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夜。



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部屋に戻る。



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布団に座る。



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静か。



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その静けさの中で、


初めて思考が浮かぶ。



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外にいた頃、


自分は常に“曖昧な選択”の中にいた。



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断るか、従うか。



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動くか、止まるか。



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だが今は違う。



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選択肢がないのではない。



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選択という概念そのものが薄い。



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その代わりにあるのは、


“規則に沿った呼吸”だった。



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呼吸するように、


従う。



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相沢は目を閉じる。



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何も終わっていない。



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ただ、


何も始まらない状態が続いているだけだと気づく。

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