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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第2章「朝が裁かれる」

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第22話「崩れる供述」

裁判二日目。



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朝の空気は重かった。



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相沢は法廷へ向かう通路を歩きながら、


昨日の被害者家族の言葉を何度も思い出していた。



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> 「もう普通の朝に戻れません」





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その一文だけが頭から離れない。



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法廷に入る。



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今日は証人尋問の続きだった。



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弁護士は静かに資料を確認している。



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検察側はすでに準備を終えていた。



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「それでは、追加証人尋問を行います」



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裁判官の声。



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そして再び健が呼ばれる。



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健は前回より少し疲れて見えた。



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ネクタイがわずかに曲がっている。



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証言台に立つ。



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宣誓。



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そして検察が質問を始める。



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「事故当日、被告人はかなり飲酒していましたか」



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健は少し間を置く。



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「……はい」



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「正常な判断が難しい状態だったと思いますか」



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沈黙。



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健の喉が小さく動く。



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「……そう思います」



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相沢はその横顔を見る。



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今まで聞いた中で、


一番はっきりした言葉だった。



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検察が続ける。



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「その状態で運転を止めるべきだという認識はありましたか」



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健は視線を少し落とす。



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「……ありました」



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法廷の空気が変わる。



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弁護士がすぐ立ち上がる。



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「異議ありません。ただし当時の空気感について補足を」



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裁判官が促す。



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弁護士は健を見る。



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「あなた自身、被告人に対して強く制止しましたか」



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健は黙る。



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長い沈黙。



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そして小さく言う。



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「……していません」



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「なぜですか」



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健は答えない。



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再度問われる。



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「なぜ、止めなかったのですか」



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その瞬間、


健の表情が初めて崩れる。



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「……いつもの感じだったからです」



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法廷が静かになる。



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「いつも、あんな感じで」



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「誰かが飲んで」



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「誰かが流れで動いて」



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言葉が少しずつ乱れる。



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「別に、悪気とかじゃなくて」



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「ただ……」



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健はそこで止まる。



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「止める空気じゃなかった」



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その一言が落ちる。



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今まで曖昧だった“空気”が、


初めて具体性を持った。



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検察がすぐに言う。



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「しかし最終判断は被告人本人ですね」



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健は顔を上げる。



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数秒間、完全な沈黙。



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そして答える。



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「……はい」



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その瞬間、


法廷の構造が完成する。



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空気は存在した。



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だが、


最後に選んだのは相沢。



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両方が同時に成立する。



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次に隆が呼ばれる。



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だが隆の証言はさらに曖昧だった。



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「正直、みんな酔ってたんです」



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「誰が何を言ったか細かく覚えてないです」



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「でも危ないとは思ってました」



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「ならなぜ止めなかったのですか」



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隆は視線を泳がせる。



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「……自分が言う立場じゃないと思って」



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「なぜですか」



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「自分も飲んでたからです」



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その答えで、


また静かになる。



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“止める資格がない”



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それが彼らの論理だった。



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直樹は冷静だった。



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「客観的に見れば、危険状態でした」



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「ただ、誰も強制はしていません」



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検察が聞く。



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「被告人は自主的に運転席へ?」



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「はい」



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短い。



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だが強い。



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翔は相変わらず不安定だった。



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「覚えてない部分も多いです」



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「でも笑ってた気がします」



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「誰が?」



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「……みんな」



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最後に優斗。



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彼は法廷に入った時から顔色が悪かった。



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質問されても、


すぐには答えない。



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「被告人を止めようとは思いましたか」



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長い沈黙。



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「……思いました」



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「行動しましたか」



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さらに長い沈黙。



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「……してません」



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「なぜですか」



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優斗は初めて相沢を見る。



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そしてゆっくり言う。



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「誰かが言うと思ったからです」



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その一言で、


法廷の空気が完全に止まる。



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誰かが。



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誰かが止める。



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誰かが責任を持つ。



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誰かが空気を変える。



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しかし、


その“誰か”は最後まで現れなかった。



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裁判官がメモを閉じる。



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検察も弁護士も、


しばらく動かない。



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法廷の全員が、


この事故の本質を少しだけ理解してしまった。



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これは単純な悪意ではない。



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“止めない構造”そのものだった。



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だが同時に、


法律は構造を裁かない。



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裁くのは行動だ。



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その中心に座っているのは、


やはり相沢一人だった。

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