第21話「被害者席」
午後の法廷は、午前とは空気が違っていた。
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証拠や供述ではなく、
“人”が入ってきたからだ。
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傍聴席の一角。
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そこに、被害者家族が座っている。
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年配の男性。
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その隣に女性。
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さらに後ろに、若い女性。
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誰も泣いていない。
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だが静かすぎる。
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相沢は視線を向けて、
すぐに逸らす。
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見てはいけない気がした。
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検察が立ち上がる。
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「被害者家族による意見陳述を行います」
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その言葉で、
法廷の空気がさらに変わる。
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年配の男性が前に出る。
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紙を持っている。
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だが途中から紙を見なくなる。
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「私は、まだ理解できていません」
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静かな声だった。
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怒鳴らない。
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責め立てない。
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だからこそ重い。
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「なぜ、あの日だったのか」
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「なぜ、止まれなかったのか」
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相沢は動けない。
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男性は続ける。
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「うちの家族は、普通に生きていました」
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「特別なことは何もありません」
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「朝になれば仕事へ行き、帰ってきて、ご飯を食べて」
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「それだけでした」
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沈黙。
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「でも、その普通が突然終わりました」
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法廷の空気がさらに静かになる。
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「被告人には人生があるでしょう」
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「友人も、会社も、過去もある」
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「でもこちらにもありました」
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その言葉で、
相沢の胸が少しだけ詰まる。
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“こちらにもあった”
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それは当然の言葉なのに、
今まで自分の視界から抜け落ちていた。
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次に、女性が立つ。
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被害者の母親だった。
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声は弱い。
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だが一言ずつ確実に落ちる。
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「毎日、病院へ行っています」
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「返事はありません」
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「でも、生きています」
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その一文だけで、
法廷の空気が止まる。
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相沢は初めて、
事故の“続き”を理解する。
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事故は終わっていない。
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毎日続いている。
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病院。
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面会。
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機械音。
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待機。
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それら全部が、
今も進行中なのだ。
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母親は少しだけ震えながら言う。
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「私たちは、もう普通の朝に戻れません」
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相沢は下を向く。
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何か言わなければならない気がする。
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だが言葉が出ない。
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謝罪。
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後悔。
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反省。
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どの言葉も軽く感じる。
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裁判官が相沢を見る。
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「被告人、何かありますか」
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法廷の視線が集まる。
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相沢は立ち上がる。
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足が少し震える。
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口を開く。
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でも最初は声が出ない。
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数秒後、
ようやく言葉になる。
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「……すみませんでした」
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その瞬間、
自分でも分かる。
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足りない。
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圧倒的に足りない。
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だが、
それ以外に言葉がない。
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「本当に……申し訳ありません」
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法廷は静かなまま。
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誰も反応しない。
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被害者家族も、
ただ前を見ている。
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許しも。
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怒鳴り声も。
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否定もない。
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その“反応のなさ”が、
何より重かった。
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相沢は座る。
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胸の奥が空洞のようになっている。
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今まで自分は、
「裁かれる側」としてしかこの場を見ていなかった。
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だが違う。
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ここには、
“壊された側の時間”も存在していた。
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そしてそれは、
自分が謝罪した程度で終わるものではない。
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裁判官が閉廷を告げる。
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人が立ち上がる音。
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椅子が引かれる音。
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その中で相沢だけが、
しばらく動けなかった。
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被害者家族は静かに法廷を出ていく。
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誰もこちらを見ない。
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その背中を見ながら、
相沢は初めて思う。
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“自分は人生を壊した側なのだ”と。




