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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第2章「朝が裁かれる」

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第11話「沈黙の差し出し」

取り調べ室を出たあと、相沢はすぐには移動できなかった。



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廊下のベンチに座る。



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頭の中が少し遅れている。



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映像。


言葉。


数字。



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それらが順番を無視して流れている。



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そこへ、足音が近づく。



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振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。



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名刺は出さない。



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代わりに言う。



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「弁護側から来ました」



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相沢は少しだけ顔を上げる。



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“弁護”



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その言葉が現実味を持たない。



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男は隣に座る。



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声は静かだ。



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「状況は、かなり厳しいです」



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その一言は、説明ではない。



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確認だった。



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「証拠は揃っています」



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「飲酒の検出」



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「運転の映像」



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「供述の整合性」



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相沢は黙る。



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何も反論できない。



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男は続ける。



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「争う余地は、ほぼありません」



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その言葉は、突き放しではない。



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現実の提示だった。



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少し間が空く。



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男は言葉を選んでいる。



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「ただ、一つだけ整理できます」



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相沢は顔を上げる。



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「“どこまでがあなたの意思だったか”です」



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その瞬間、


少しだけ胸が動く。



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意思。



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その言葉は久しぶりだった。



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しかし男はすぐに続ける。



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「ですが、それも限界があります」



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「あなた一人の問題として扱われる可能性が高いです」



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沈黙。



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それは説明ではなく、


未来の形だった。



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相沢は小さく息を吐く。



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「……他の人は?」



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男は少しだけ視線を落とす。



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「供述は分かれています」



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その一言で全てが分かる。



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誰も“同じ場所”にはいない。



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男は続ける。



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「社会は“最も明確な行動”を基準に判断します」



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つまり、


自分だけが残る。



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相沢は静かに手を見る。



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この手が、


一番はっきりしている。



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他は曖昧。



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他は揺れている。



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でもこの手だけは、


確かにハンドルを握った。



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男が立ち上がる。



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最後に一言だけ残す。



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「沈黙することも、選択です」



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足音が遠ざかる。



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相沢はベンチに残る。



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“沈黙”



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それは逃げではない。



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選択だと言われた。



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でもそれは、


守るための選択なのか、


壊すための選択なのか分からない。



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ただ一つ分かるのは、


もう誰も同じ方向を見ていないということだった。

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