第11話「沈黙の差し出し」
取り調べ室を出たあと、相沢はすぐには移動できなかった。
---
廊下のベンチに座る。
---
---
頭の中が少し遅れている。
---
映像。
言葉。
数字。
---
---
それらが順番を無視して流れている。
---
---
---
そこへ、足音が近づく。
---
---
振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。
---
---
名刺は出さない。
---
---
代わりに言う。
---
---
「弁護側から来ました」
---
---
---
相沢は少しだけ顔を上げる。
---
---
“弁護”
---
---
その言葉が現実味を持たない。
---
---
---
男は隣に座る。
---
---
声は静かだ。
---
---
「状況は、かなり厳しいです」
---
---
---
その一言は、説明ではない。
---
---
確認だった。
---
---
---
「証拠は揃っています」
---
---
「飲酒の検出」
---
「運転の映像」
---
「供述の整合性」
---
---
---
相沢は黙る。
---
---
何も反論できない。
---
---
---
男は続ける。
---
---
「争う余地は、ほぼありません」
---
---
---
その言葉は、突き放しではない。
---
---
現実の提示だった。
---
---
---
少し間が空く。
---
---
男は言葉を選んでいる。
---
---
---
「ただ、一つだけ整理できます」
---
---
---
相沢は顔を上げる。
---
---
---
「“どこまでがあなたの意思だったか”です」
---
---
---
その瞬間、
少しだけ胸が動く。
---
---
---
意思。
---
---
その言葉は久しぶりだった。
---
---
---
しかし男はすぐに続ける。
---
---
「ですが、それも限界があります」
---
---
---
「あなた一人の問題として扱われる可能性が高いです」
---
---
---
沈黙。
---
---
---
それは説明ではなく、
未来の形だった。
---
---
---
相沢は小さく息を吐く。
---
---
---
「……他の人は?」
---
---
---
男は少しだけ視線を落とす。
---
---
---
「供述は分かれています」
---
---
---
その一言で全てが分かる。
---
---
---
誰も“同じ場所”にはいない。
---
---
---
男は続ける。
---
---
「社会は“最も明確な行動”を基準に判断します」
---
---
---
つまり、
自分だけが残る。
---
---
---
相沢は静かに手を見る。
---
---
この手が、
一番はっきりしている。
---
---
---
他は曖昧。
---
---
他は揺れている。
---
---
---
でもこの手だけは、
確かにハンドルを握った。
---
---
---
男が立ち上がる。
---
---
最後に一言だけ残す。
---
---
「沈黙することも、選択です」
---
---
---
足音が遠ざかる。
---
---
---
相沢はベンチに残る。
---
---
---
“沈黙”
---
---
それは逃げではない。
---
---
選択だと言われた。
---
---
---
でもそれは、
守るための選択なのか、
壊すための選択なのか分からない。
---
---
---
ただ一つ分かるのは、
もう誰も同じ方向を見ていないということだった。




