第10話「証拠の重さ」
警察署からの呼び出しは、事務的だった。
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「補足確認があります」
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それだけ。
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相沢は再び同じ部屋に入る。
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もう驚きはない。
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机の上には、追加の資料が置かれていた。
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「新しく入手した映像です」
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警察官の声は淡々としている。
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モニターがつく。
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そこに映っていたのは、
交差点の少し前の映像だった。
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車内。
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相沢の車。
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画面の中の自分は、
ぼんやりしている。
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助手席には誰かがいる。
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後部座席にも人がいる。
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笑っている。
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音声はない。
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だが雰囲気は分かる。
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“普通の夜”だ。
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警察官が言う。
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「この時点で、すでに相当量の飲酒状態と判断されています」
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相沢は画面を見続ける。
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自分の顔がそこにあるのに、
他人のように見える。
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「この後、運転に至った経緯を説明してください」
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相沢は少し黙る。
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経緯。
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その言葉が重い。
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経緯はない。
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ただ流れがあった。
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「……気づいたら、運転していました」
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警察官はメモを取る。
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「その“気づいたら”は、誰の意思ですか?」
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相沢は答えられない。
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沈黙。
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その間に、
映像の中の車は進んでいく。
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ゆっくりと、
確実に。
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「同席者は止めましたか?」
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その質問に、
相沢は少しだけ視線を落とす。
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“止めたか”
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思い出そうとする。
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でも浮かぶのは曖昧な声だけだ。
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「やめとけよ」
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「まあ大丈夫だろ」
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笑い。
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どれが本気だったのか分からない。
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「……覚えていません」
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また同じ答え。
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警察官は一度だけ息を吐く。
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そして言う。
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「重要なのは記憶ではありません」
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「行動です」
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その言葉で、
空気が少し固くなる。
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相沢は理解する。
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ここでは、
“曖昧な人間”は存在できない。
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曖昧さはすべて、
責任の隙間になる。
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そしてその隙間は、
埋められていく。
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映像が止まる。
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画面が暗くなる。
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静か。
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「これで、あなたの行動は時系列として確定します」
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その言葉は、
宣告ではない。
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整理だった。
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相沢は椅子に座ったまま動かない。
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自分の中の“夜”が、
完全に外に取り出された気がした。
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もう自分の記憶ではない。
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社会の記録だ。
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そしてその記録は、
もう修正できない形になっている。




