第8話「被害者という現実」
昼過ぎ、相沢は外に出ることにした。
---
理由はない。
---
ただ部屋の中にいると、時間が止まったままになるからだった。
---
---
歩道はいつも通り人がいる。
---
買い物袋。
自転車。
通勤の名残。
---
---
世界は普通に動いている。
---
---
それが逆に痛い。
---
---
---
コンビニに入る。
---
何も買う気はない。
---
---
だが店内のテレビが目に入る。
---
---
ニュース。
---
---
そこにはまた同じ事故が映っていた。
---
---
「早朝の交差点事故」
---
---
映像は静かだ。
---
ナレーションも淡々としている。
---
---
被害者の名前は出ていない。
---
---
ただ“負傷者”とだけ表現されている。
---
---
---
相沢はその画面を見て、少し息を止める。
---
---
“人”が“言葉”に変わっている。
---
---
---
そのとき、店員の声が聞こえる。
---
---
「こちら、被害者のご家族の方が……」
---
---
相沢は振り返る。
---
---
そこにいたのは、年配の男性と女性だった。
---
---
顔は固い。
---
---
怒りというより、まだ理解の途中の顔。
---
---
---
「この辺りで起きた事故について……」
---
---
声は震えていない。
---
---
だが弱い。
---
---
---
相沢はその場を離れようとする。
---
---
しかし足が動かない。
---
---
---
被害者という存在が、
初めて“現実の人間”として近づいてくる。
---
---
---
ニュースでは見えなかったもの。
---
---
家族。
生活。
日常。
---
---
---
相沢は思う。
---
---
自分が壊したのは、
ただの“事故”ではない。
---
---
---
そのとき、店内の会話が聞こえる。
---
---
「まだ意識戻らないらしいですよ」
---
---
その一言で、
空気が少しだけ変わる。
---
---
---
相沢は手を握る。
---
---
強く握りすぎて痛い。
---
---
---
何も言えない。
---
---
謝罪もできない。
---
---
---
ただ立っているだけ。
---
---
---
被害者家族は、店を出ていく。
---
---
すれ違う瞬間、
目が合いそうになる。
---
---
しかし合わない。
---
---
---
その距離が、
一番残酷だった。
---
---
---
外に出ると、風が少し冷たい。
---
---
相沢は思う。
---
---
これから自分は、
“誰かの人生の外側”として生きていくのだと。
---
---
---
そしてその瞬間、
ようやく理解する。
---
---
これは事故ではなく、
“人生の断絶”だったのだと。




