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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第2章「朝が裁かれる」

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35/50

第5話「会社という切断線」

警察署からの連絡のあと、会社の空気は一気に変わった。



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相沢はまだ正式な処分を知らないまま、呼び出しを受けることになる。



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応接室。



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いつもより椅子が遠く感じる部屋。



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そこには上司と総務、そして人事担当が座っていた。



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誰も雑談をしない。



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資料がすでに机の上に揃っている。



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「結論から伝えます」



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人事担当が言う。



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その一言で、


相沢はすべてを察する。



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「今回の件について、会社としては重大な規律違反と判断しました」



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静かな声。



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感情はない。



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「飲酒運転、そして事故発生」



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「会社への信用失墜」



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言葉が並べられていく。



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それはもう“説明”ではなく“確定作業”だった。



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上司が一度だけ視線を落とす。



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相沢を見るが、


すぐに逸らす。



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「正直に言うと、擁護はできません」



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その言葉は、


冷たいが事実でもある。



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「現場では注意もしていました」



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「ただ、ここまでの事態になるとは想定していませんでした」



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それは“距離を取るための過去形”だった。



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人事担当が書類を差し出す。



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そこには一行だけ明確に書かれている。



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> 懲戒解雇





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相沢はそれを見て、少しだけ呼吸が止まる。



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でも不思議と、


驚きはない。



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すでに警察の段階で、


社会的には終わっていた。



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会社はその“確認”をしているだけだ。



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「サインをお願いします」



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静かな声。



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拒否はできるが意味はない。



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相沢はペンを持つ。



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手が少し重い。



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だが書くしかない。



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名前を書いた瞬間、


紙がただの契約書ではなくなる。



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切断の証明書になる。



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「以上で手続きは終了です」



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人事担当が言う。



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上司は一度だけ口を開く。



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「……残念です」



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それだけだった。



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それ以上でも以下でもない。



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会議室を出る。



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廊下の音が少し遠い。



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自分の足音だけが響く。



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会社という場所が、


一気に“他人の建物”になる。



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外に出ると、


空気が少しだけ暖かい。



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でもそれは、


救いではない。



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相沢は思う。



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ここまで来るのに、


何が間違いだったのか。



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飲酒か。



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友人か。



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断れなかった性格か。



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でもどれも違う気がする。



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“止まる場所がなかった”



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その一言だけが残る。



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そして彼は、


もう会社員ではなくなる。



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ただの“処理された事例”として、


社会の外側へ押し出されていく。

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