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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第2章「朝が裁かれる」

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第4話「記録に残るもの」

取り調べ室の空気は、前よりもさらに淡白になっていた。



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相沢は、もはや質問を“聞いている”という感覚が薄れていた。



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机の上には、新しい資料が置かれている。



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それは、紙というより“整理された現実”に近かった。



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「これ、確認してください」



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警察官が淡々と言う。



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そこには、レシート、監視カメラの要約、移動経路が並んでいる。



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■ 居酒屋たけちゃん


入店時間


滞在時間


注文履歴


アルコール提供回数




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相沢はその文字列を見つめる。



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そこに“人間の夜”はない。



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あるのは数字と時間だけだ。



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「こちら、アルコール検査結果です」



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次に置かれた紙。



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そこにははっきりと書かれていた。



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> 血中アルコール濃度:基準値を大きく超過





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相沢は一瞬だけ目を閉じる。



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やはり、そうなる。



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分かっていたはずなのに、


文字になると重さが違う。



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「飲酒状態での運転は、確定事項です」



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警察官の声は変わらない。



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感情も揺れない。



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相沢は小さく息を吐く。



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「……はい」



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それ以上は言えない。



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「同席者の供述と照らし合わせます」



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また資料が追加される。



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そこには“空白”が多い。



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誰も完全には説明していない夜。



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しかし、


その空白すら記録として扱われている。



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警察官が続ける。



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「重要なのは、“誰が止めたか”ではありません」



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一瞬、部屋が静まる。



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「止められる状況だったかどうかです」



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相沢はその言葉を聞いて、


少しだけ視線を落とす。



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“止める人間がいなかった夜”



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それは、もう個人の問題ではない。



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部屋の空気が少し変わる。



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「つまり……」



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相沢が言いかける。



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警察官は頷く。



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「はい。構造としての問題も含めて整理されます」



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その瞬間、


相沢は初めて気づく。



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これは“自分の話”ではなくなっている。



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自分の行動は、


もう社会の中で再構成されている。



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「あなたの認識と、客観記録に差があります」



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警察官が静かに言う。



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その言葉は、


否定ではない。



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修正宣告だ。



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相沢は黙る。



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言葉を探そうとしても、


どれも遅れている。



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頭の中で、


あの夜が再生される。



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笑い。


移動。


眠気。


運転。


交差点。



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でももうそれは、


記憶ではない。



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“証拠の素材”になっている。



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警察官が資料を閉じる。



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「次回、補足確認を行います」



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その一言で終わる。



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相沢は立ち上がる。



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足元が少しだけ揺れる。



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だが誰も支えない。



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廊下に出ると、


空気が少しだけ軽い。



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しかし軽いということは、


“現実が薄い”ということでもある。



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相沢は思う。



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もう戻れない場所にいる、と。



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そしてそれは、


自分の記憶ではなく、


“記録によって決められた場所”だった。

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