第4話「記録に残るもの」
取り調べ室の空気は、前よりもさらに淡白になっていた。
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相沢は、もはや質問を“聞いている”という感覚が薄れていた。
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机の上には、新しい資料が置かれている。
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それは、紙というより“整理された現実”に近かった。
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「これ、確認してください」
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警察官が淡々と言う。
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そこには、レシート、監視カメラの要約、移動経路が並んでいる。
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■ 居酒屋たけちゃん
入店時間
滞在時間
注文履歴
アルコール提供回数
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相沢はその文字列を見つめる。
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そこに“人間の夜”はない。
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あるのは数字と時間だけだ。
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「こちら、アルコール検査結果です」
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次に置かれた紙。
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そこにははっきりと書かれていた。
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> 血中アルコール濃度:基準値を大きく超過
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相沢は一瞬だけ目を閉じる。
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やはり、そうなる。
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分かっていたはずなのに、
文字になると重さが違う。
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「飲酒状態での運転は、確定事項です」
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警察官の声は変わらない。
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感情も揺れない。
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相沢は小さく息を吐く。
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「……はい」
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それ以上は言えない。
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「同席者の供述と照らし合わせます」
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また資料が追加される。
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そこには“空白”が多い。
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誰も完全には説明していない夜。
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しかし、
その空白すら記録として扱われている。
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警察官が続ける。
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「重要なのは、“誰が止めたか”ではありません」
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一瞬、部屋が静まる。
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「止められる状況だったかどうかです」
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相沢はその言葉を聞いて、
少しだけ視線を落とす。
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“止める人間がいなかった夜”
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それは、もう個人の問題ではない。
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部屋の空気が少し変わる。
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「つまり……」
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相沢が言いかける。
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警察官は頷く。
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「はい。構造としての問題も含めて整理されます」
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その瞬間、
相沢は初めて気づく。
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これは“自分の話”ではなくなっている。
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自分の行動は、
もう社会の中で再構成されている。
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「あなたの認識と、客観記録に差があります」
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警察官が静かに言う。
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その言葉は、
否定ではない。
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修正宣告だ。
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相沢は黙る。
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言葉を探そうとしても、
どれも遅れている。
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頭の中で、
あの夜が再生される。
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笑い。
移動。
眠気。
運転。
交差点。
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でももうそれは、
記憶ではない。
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“証拠の素材”になっている。
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警察官が資料を閉じる。
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「次回、補足確認を行います」
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その一言で終わる。
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相沢は立ち上がる。
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足元が少しだけ揺れる。
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だが誰も支えない。
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廊下に出ると、
空気が少しだけ軽い。
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しかし軽いということは、
“現実が薄い”ということでもある。
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相沢は思う。
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もう戻れない場所にいる、と。
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そしてそれは、
自分の記憶ではなく、
“記録によって決められた場所”だった。




