第3話「供述のズレ」
取り調べは、同じようで少しずつ形を変えていく。
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相沢の前に置かれる資料も増えていた。
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「こちらをご覧ください」
警察官が新しい紙を差し出す。
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そこには、同席していた友人たちの供述が並んでいた。
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相沢はそれを見て、わずかに目を細める。
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文章の形は同じでも、中身が違う。
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■ 健の供述
「止めたかもしれないが、強くは言っていない」
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■ 隆の供述
「止める空気ではなかった」
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■ 直樹の供述
「長時間の飲酒が続いていた」
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■ 翔の供述
「記憶が曖昧」
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■ 優斗の供述
「誰も明確に止めていなかったと思う」
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相沢はゆっくりと息を吐く。
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「……バラバラですね」
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警察官は頷く。
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「これが通常です」
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その言葉は冷たいが、事実でもある。
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供述は、同じ夜から生まれたはずなのに、
それぞれ別の方向へ伸びている。
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相沢はそこに気づく。
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“同じ時間を過ごしたはずなのに、同じ記憶がない”
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いや、
正確には違う。
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記憶はある。
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だが、
“守り方”が違う。
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健は責任を薄める。
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隆は空気に溶かす。
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直樹は記録に逃げる。
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翔は曖昧にする。
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優斗は沈黙する。
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そして相沢だけが、
完全な形で残っている。
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「あなたはどう思いますか?」
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質問が来る。
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だが答えは難しい。
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“どう思うか”
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その問い自体が曖昧だ。
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相沢は少し黙る。
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頭の中に夜が浮かぶ。
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笑い声。
グラス。
移動。
眠気。
交差点。
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どこからが間違いだったのか分からない。
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いや、
全部かもしれない。
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「……分かりません」
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また同じ言葉。
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警察官は何も言わない。
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ただ資料をまとめる。
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「重要なのは供述の一致ではありません」
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「行動の結果です」
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その言葉が静かに落ちる。
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相沢はそこで初めて理解する。
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ここでは“記憶”は意味を持たない。
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必要なのは“整合性”だけだ。
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一致しない記憶は、
誰かの嘘になる。
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曖昧な記憶は、
責任の逃げ道になる。
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そして最後に残るのは、
一番明確な行動だけ。
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相沢は手を見つめる。
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この手でハンドルを握った。
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その事実だけは変わらない。
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外の世界では、
供述が整理されていく。
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だがこの部屋の中では、
相沢だけが少しずつ“固定”されていく。
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まだ判決は出ていない。
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それでも、
結論だけが先に形を持ち始めている。
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