第2話「数字としての夜」
取り調べ室は、時間の流れが消えていた。
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時計はあるのに、意味がない。
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相沢は椅子に座ったまま、背中を動かさない。
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前回と同じ机。
前回と同じ空気。
前回と同じ沈黙。
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違うのは、机の上に置かれている資料が増えていることだけだった。
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「これ、確認してください」
警察官が紙を置く。
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そこには、細かい時系列が並んでいた。
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18:40 居酒屋入店
21:10 追加注文
23:30 移動
01:20 カラオケ
03:50 ラーメン
06:10 コンビニ
07:15 発進
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相沢はそれを見て、少し息を止める。
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「こんなに……長かったのか」
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その言葉は、ほとんど独り言だった。
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警察官は反応しない。
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ただ淡々と続ける。
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「飲酒量について確認します」
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グラスの数。
店のレシート。
同席者の証言。
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すべてが数字に変換されていく。
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相沢は気づく。
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“あの夜”はもう存在していない。
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代わりにあるのは、
数字と時間と回数だけだ。
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「あなたは途中で帰ることもできたはずです」
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その言葉に、
一瞬だけ胸が締まる。
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帰る。
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確かに、何度もそう思った。
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でもそのたびに、
“少しだけ”が出てきた。
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あれは意思だったのか。
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それとも流れだったのか。
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分からない。
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「同席者は止めなかったんですか?」
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質問が変わる。
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相沢は少し黙る。
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止めた人間はいたのか。
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いや、
誰も強くは止めなかった。
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でもそれを“止めなかった”と呼ぶのか。
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それとも“止められなかった”と呼ぶのか。
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その違いが分からない。
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「……分かりません」
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また同じ答え。
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警察官はメモを取る。
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そこには感情がない。
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次に資料が出される。
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映像の概要。
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交差点のカメラ
車両の進入
制動の遅れ
接触
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言葉がすべて冷たい。
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映像の中の自分は、
まだ見ていない。
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「これを見ますか?」
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相沢は少し迷う。
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でも答えは出ない。
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「……いいです」
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その一言で終わる。
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映像は再生されない。
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だが存在だけがそこにある。
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見ていないのに、
結果だけが確定している。
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「事故の直前、覚えていることはありますか?」
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その問いが一番重い。
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相沢は目を閉じる。
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思い出そうとする。
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でも出てくるのは断片だけだ。
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グラスの音
笑い声
眠気
交差点の光
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それらは全部、
“夜の一部”でしかない。
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「……覚えていません」
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その言葉が落ちる。
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警察官は一度だけペンを止める。
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そして静かに言う。
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「記憶ではなく、事実で進めます」
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その瞬間、相沢は理解する。
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ここから先はもう、
自分の記憶は必要ない。
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必要なのは、
外側の記録だけだ。
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夜は個人のものではなくなる。
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数字になる。
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記録になる。
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証拠になる。
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そしてその中で、
相沢という存在だけが、
一つの“結果”として固定されていく。
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