第30話「崩れる音のあとで」
衝撃は、音より先に身体に来た。
---
ブレーキの感触が遅れて追いつき、その直後に「何かにぶつかった」という事実だけが現実として残る。
---
---
車は止まっている。
---
だが世界は止まっていない。
---
---
相沢はハンドルを握ったまま動けない。
---
呼吸だけが荒くなる。
---
---
目の前の交差点が、
さっきまでと別物に見える。
---
---
何が起きたのか、
すぐには理解できない。
---
---
ただ、
“やってはいけないことが起きた”という感覚だけが先に来る。
---
---
手が震える。
---
足も動かない。
---
---
「……今の、何だ」
後ろから声がする。
---
---
健の声だった。
---
しかし、その声も遠い。
---
---
「おい、相沢……」
---
---
誰かがドアを開ける音。
---
外の空気が流れ込む。
---
---
そして、
現実が一気に押し寄せてくる。
---
---
交差点の向こう。
---
倒れている人影。
---
---
小さな体。
---
動かない。
---
---
世界が一瞬だけ無音になる。
---
---
相沢は理解する。
---
---
“終わった”
---
---
その言葉だけが、
ゆっくりと頭に落ちてくる。
---
---
手がハンドルから離れる。
---
---
でも何も支えがない。
---
---
体がそのまま沈むような感覚。
---
---
---
後ろで誰かが叫んでいる。
---
---
「やばいって!」
「どうすんだこれ!」
---
---
でもその声も、
遠い場所の出来事みたいに聞こえる。
---
---
---
相沢は車から出る。
---
足がもつれる。
---
---
交差点へ向かう。
---
---
そこにある現実が、
信じたくないほどはっきりしている。
---
---
---
動かない小さな体。
---
---
静かな朝の道路。
---
---
普通の一日になるはずだった時間。
---
---
---
相沢は立ち尽くす。
---
---
喉が乾く。
---
息ができない。
---
---
頭の中で、
ずっと同じ言葉が繰り返される。
---
---
“なんでこうなった”
---
---
でもその答えは、
もう戻れない場所に落ちている。
---
---
---
背後でサイレンの音が遠くに聞こえ始める。
---
---
まだ遠い。
---
---
でも確実に近づいている。
---
---
---
相沢はその音を聞きながら、
ようやく理解する。
---
---
この夜は、
もう終わらない。
---
---
そして、
ここから先が始まってしまったのだと。




