第29話「交差点の前」
車内は異様に静かだった。
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エンジン音だけが一定のリズムで鳴っている。
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相沢はハンドルを握っている。
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指先に力が入っているのか、自分でも分からない。
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視界は明るい。
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朝の光が道路を白くしている。
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その明るさが逆に怖い。
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“ちゃんと見えているのに、判断が遅い”
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そんな感覚だけが残る。
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信号が見える。
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見通しの良い交差点。
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広い道路。
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いつも通る道。
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何も問題が起きないはずの場所。
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それなのに、
胸の奥がざわつく。
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頭の奥では何かが警告している。
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でも体は進む。
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スマホの通知が一瞬光る。
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上司からの着信。
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画面を見た瞬間、
一瞬だけ意識が現実に戻る。
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“まずい”
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その言葉だけが浮かぶ。
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でも止まれない。
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今止まると、
今までの全部が一気に崩れる気がする。
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「大丈夫か?」
後ろから誰かの声がした気がする。
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でもはっきり聞こえない。
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酒の残りと眠気が、
意識を薄くしている。
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信号が黄色になる。
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減速。
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でも少し遅い。
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交差点が近づく。
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横断する人影はない。
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見通しは良い。
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だから油断が生まれる。
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“行ける”
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その感覚が一瞬だけ勝つ。
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その瞬間だった。
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視界の端に、
小さな影が入る。
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時間が少しだけ遅くなる。
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ブレーキ。
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反応は遅い。
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体が追いつかない。
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何かが起きる直前の、
あの妙に静かな時間。
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その中で、
相沢の意識だけが浮いている。
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“やばい”
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その言葉が最後に浮かぶ。
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そして、
世界が一気に崩れる。
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(※ここで次話へ続く)




