第3話「飲まない理由が消えていく夜」
店の空気は、少しずつ熱を帯びていく。
最初の「一杯だけ」という言葉は、もう誰の記憶にも残っていない。
テーブルの上には空き瓶が増え、灰皿には吸い殻が山のように積まれていた。
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「相沢さ、最近ちょっと弱くなってない?」
健が笑いながら言う。
「昔はもっといけてたよな?」
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相沢はグラスを見たまま答えない。
喉の奥が重い。体はもう十分に酒を受け付けていない。
それでも、止める理由が言葉にならない。
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「ほら、飲めば戻るって」
隆が当然のように言う。
「弱くなってるだけだろ」
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その言葉が、妙に刺さる。
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翔が笑いながら続ける。
「お前さ、会社行ってると真面目ぶるけど、ここでは違うだろ?」
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直樹が頷く。
「社会人ならこれくらい普通だぞ」
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“普通”
その言葉が、この場ではルールになっている。
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相沢はふと気づく。
飲まない理由は、もういくつもあったはずだ。
明日の仕事
体調
会社の注意
母のメッセージ
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でも、その全部が少しずつ薄れていく。
この場所では、理由は意味を持たない。
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「なぁ、次どうする?」
誰かが言う。
「まだいけるだろ」
「もう一軒だな」
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当然のように決まっていく。
誰も疑わない。
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相沢はスマホを見る。
画面は暗いまま。
返していないメッセージが増えていく。
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「相沢、行くぞ」
肩を軽く叩かれる。
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その瞬間、また“断る理由”が消える。
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「……ああ」
小さくうなずく。
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それが、今日も流される合図になる。
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店の外はまだ静かだった。
しかしこの夜は、まだ終わる気配がない。
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