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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第1章 「いつもの席」

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第2話「帰ると言えない空気」

店内の時間は、最初の一杯からほとんど動いていないように見えた。


グラスはすでに二周目に入っている。誰が何杯目か、もう誰も数えていない。


「なぁ相沢、今日さ、もう一軒行かね?」


隆が当然のように言う。


相沢は一瞬、言葉を探した。


明日、現場がある。朝も早い。会社では酒の件でまた注意を受けたばかりだ。


頭では分かっている。


それでも口が動かない。



---


「いや、明日ちょっと早くてさ…」


そう言った瞬間、空気が一段変わった。


一瞬だけ、音が減る。



---


健が笑う。


「え、帰るの?」


直樹がコップを置く。


「まだ9時だぞ」


翔が椅子を揺らす。


「最近ほんと真面目だな、お前」


優斗は何も言わない。ただ一口飲む。



---


その沈黙が、逆に重い。



---


「仕事大変なんだろ?」


隆が笑いながら言う。


「でもさ、こういうのも付き合いだろ」


その“付き合い”という言葉が、逃げ道を塞ぐ。



---


相沢はスマホを握ったまま動かない。


画面には母からのメッセージがまだ残っている。


「ちゃんと帰るの?」


既読のまま。


返していない。



---


「一杯だけでもいいじゃん」


健がグラスを押し出す。


「な?」


その“な?”に意味はない。


同意しか許さない形になっている。



---


相沢は息を吐くように笑ってしまう。


「……じゃあ、一杯だけな」


その瞬間、空気が戻る。



---


「ほらな」


「最初からそう言えよ」


「真面目かよ」


笑い声が戻る。



---


追加の酒が頼まれる。


一杯だけのはずだったグラスが、また満たされていく。



---


相沢は気づいている。


ここでは“帰る”という言葉は存在しない。


言った瞬間、何かが壊れる。


だから誰も言わない。



---


時計だけが少し進む。


でも誰も見ていない。



---


そしてまた、


次の乾杯が始まる。



---

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