第26話「帰れと言う人間がいない」
カラオケを出た頃には、日付が変わろうとしていた。
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街の空気は少し冷えている。
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終電へ急ぐ人間たちが、駅へ流れていく。
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相沢はその流れをぼんやり見ていた。
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“帰る人たち”
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ちゃんと終わりを決められる人たち。
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その光景が、少し遠く感じる。
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「腹減ったな」
隆が笑いながら言う。
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「ラーメン行くか?」
健が即答する。
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「いいな」
翔も笑う。
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直樹はもう店を探している。
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優斗は何も言わない。
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誰も帰ろうとしない。
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いや、
正確には。
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“誰も帰れと言わない”。
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もしこの中に一人でも、
「今日はもうやめよう」
と言う人間がいたら。
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もしかしたら、
少し違ったのかもしれない。
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でもこのグループには、
ブレーキ役が存在しない。
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むしろ、
止まる人間を笑う空気がある。
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「相沢、まだいけるだろ?」
健が笑う。
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相沢は少し黙る。
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本当はもう無理だった。
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眠い。
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頭痛がする。
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胃も重い。
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でもその“無理”を言葉にできない。
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「……少しなら」
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また出る。
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その言葉が、
自分でも嫌になる。
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“少しだけ”。
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その積み重ねで、
何年も過ぎている。
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ラーメン屋に入る。
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湯気。
脂の匂い。
大声。
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夜の終わりの場所。
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席に座ると、
全員がまた騒ぎ始める。
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競艇の話。
昔の地元の話。
酒の強さの話。
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同じ話を、
何度も何度も繰り返している。
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相沢はラーメンを見つめる。
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食欲はほとんどない。
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それでも食べる。
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食べないと、
また何か言われる気がするから。
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「お前最近元気ないな」
翔が笑う。
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「仕事だろどうせ」
隆が言う。
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「資格取れってまた言われてんの?」
健が笑う。
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その瞬間、
少しだけ空気が変わる。
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相沢は小さく笑う。
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「……まあな」
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本当は笑えない。
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後輩たちはもう資格を取っている。
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現場を任されている。
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でも自分は、
酒と博打を繰り返して、
勉強時間すら作れない。
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分かっている。
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この生活のせいだ。
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でも抜け出せない。
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「まあ人生楽しんだもん勝ちだろ」
隆が笑う。
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その言葉に、
全員が笑う。
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相沢も少しだけ笑う。
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でも心の奥では、
別の声が響いていた。
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“本当にこれでいいのか”
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その問いだけが、
ラーメンの湯気の向こうで、
消えずに残っていた。
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