第25話「終わらないための酒」
カラオケの部屋は暑かった。
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酒の匂い。
タバコの残り香。
笑い声。
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全部が混ざって、空気が重い。
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相沢はソファにもたれたまま、ぼんやり天井を見ていた。
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もう何時間起きているのか分からない。
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眠気は限界を越えて、
逆に感覚が鈍くなっている。
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「相沢、生きてるかー?」
健が笑いながら肩を叩く。
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「……死にそう」
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「じゃあ飲め」
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笑い声。
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またグラスが押しつけられる。
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断ればいい。
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本当なら、
もう帰るべきだ。
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でも帰ったところで、
待っているのは現実だけだった。
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会社。
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上司。
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資格試験。
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将来。
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考えたくないことばかり。
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だからここにいる。
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ここなら、
何も考えなくて済む。
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“今だけ”で生きられる。
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その代わり、
未来が少しずつ削れていく。
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「お前さぁ」
翔が笑いながら言う。
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「昔はもっと飲めたよな」
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「最近すぐ顔死ぬじゃん」
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健も笑う。
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「気持ちが弱くなってんじゃね?」
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また笑い声。
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その言葉に、
相沢は小さく苦笑いする。
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反論できない。
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本当は、
気持ちじゃない。
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体が限界に近いだけだ。
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でもそれを言っても、
この空気では“甘え”になる。
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だからまた飲む。
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飲むたびに、
少しだけ感覚が遠くなる。
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その遠さが、
今は救いになっていた。
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モニターでは曲が流れている。
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誰かが叫ぶように歌っている。
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歌詞の内容は頭に入らない。
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ただ、
音だけが流れていく。
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ふと、
相沢は周囲を見る。
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全員35歳。
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独身。
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彼女なし。
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休日は博打と酒。
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同じ店。
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同じ会話。
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気づけば、
世界がこのメンバーだけになっていた。
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新しい友達もいない。
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新しい出会いもない。
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ここを失ったら、
本当に一人になる気がする。
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だから離れられない。
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たとえ苦しくても。
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「次何歌う?」
健が笑う。
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「相沢またいけよ」
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「いや、もう……」
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「ノリ悪ぃなぁ」
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その一言で、
また断れなくなる。
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相沢はマイクを受け取る。
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手が少し震えている。
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でも誰も気づかない。
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いや、
気づいても気にしない。
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それがこの場所だった。
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“楽しい”を続けるために、
誰かの限界を見ない場所。
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そしてまた、
夜が深くなっていく。
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