第23話「切れ始めた現実」
夜の店内は騒がしかった。
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笑い声。
グラスの音。
店員の呼び声。
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その全部が混ざって、
頭の中で濁っていく。
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相沢は席の端に座ったまま、ぼんやりしていた。
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目の前には新しい酒。
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まだ飲むのか、と自分でも思う。
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でも、
もう“飲まない”という選択肢が浮かばない。
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「相沢、ペース落ちてるぞ」
健が笑う。
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「今日弱ぇな」
隆も続ける。
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翔がニヤニヤしながら言う。
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「最近老けたんじゃね?」
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笑い声。
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いつもの流れ。
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いつもの“いじり”。
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昔は、それを笑って流せていた。
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でも最近は、
少しずつ刺さる。
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35歳。
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独身。
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彼女なし。
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実家暮らし。
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資格なし。
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後輩に追い抜かれている。
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笑われても否定できる材料がない。
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「飲め飲め」
健がグラスを押してくる。
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相沢は少しだけ顔をしかめる。
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胃が重い。
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喉も限界に近い。
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でも断れば、
また空気が変わる気がする。
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だから飲む。
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飲むたびに、
自分の感覚が少しずつ鈍くなっていく。
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その鈍さが、
逆に楽になっていく。
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スマホがまた震える。
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今度は母親からだった。
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『今日帰るの?』
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短い文。
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相沢は画面を見つめる。
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実家。
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帰れば電気がついている。
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母親が起きている。
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「また飲んでるの?」
と言われる。
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その光景が浮かぶ。
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帰りたくない、と思ってしまう。
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家に帰れば、
現実が待っている。
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でもここでは、
現実を薄められる。
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だからまた席に残る。
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「誰?」
翔が聞く。
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「母親」
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その瞬間、
全員が笑う。
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「まだ実家だもんな」
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「楽でいいじゃん」
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「結婚したら終わりだぞ」
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笑い声。
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相沢も少しだけ笑う。
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笑うしかない。
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でも心の奥では、
何かが少しずつ切れていく音がしていた。
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ふと周囲を見る。
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店の中には、
若いグループもいる。
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カップルもいる。
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会社帰りの人たちもいる。
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みんな、
どこか“次”へ向かっている顔をしている。
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でも自分たちは違う。
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ずっと同じ場所を回っている。
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そのことに気づいているのに、
抜け出せない。
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「次どこ行く?」
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またその言葉。
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まだ終わらない。
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相沢は小さく目を閉じる。
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そしてまた、
何も言えないまま頷いてしまう。
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