第21話「抜け出す想像ができない」
店の奥では、知らない客たちが笑っていた。
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その笑い声に混ざるように、
隆たちの声も響いている。
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「相沢、死んでんじゃね?」
健が笑いながら言う。
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「朝からいるもんな」
翔も笑う。
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「いや、昨日の夜からだろ」
直樹が訂正する。
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“昨日の夜から”
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その言葉が、妙に遠く聞こえる。
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相沢はグラスを見つめたまま動かない。
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時間感覚が崩れている。
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もう何時間飲んでいるのか、
正確には分からない。
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体は明らかに限界に近い。
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それでも帰ろうとしない自分がいる。
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いや。
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正確には、
“帰る方法が分からない”。
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昔はこんなじゃなかった気がする。
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20代の頃は、
もっと軽かった。
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仕事もまだ始まったばかりで、
未来がある気がしていた。
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資格を取れば昇進できると思っていた。
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結婚も、
家も、
普通に手に入ると思っていた。
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でも気づけば35歳になっていた。
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何も変わっていない。
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変わったのは、
周りだけだった。
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後輩たちは資格を取った。
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結婚した。
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家を買った。
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子どもができた。
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それなのに自分は、
まだ同じメンバーで、
同じ店で、
同じ酒を飲んでいる。
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「相沢?」
隆の声。
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「何考えてんだ?」
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相沢は少し笑う。
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「別に」
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嘘だった。
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本当は、
ずっと考えている。
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“このままでいいのか”
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でも答えを出せない。
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出した瞬間、
今の場所を失う気がするから。
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「ほら飲めって」
健がグラスを押し出す。
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「まだいけるだろ」
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その言葉に、
また手が伸びる。
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断ればいい。
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でも断ったあとの空気が怖い。
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“ノリ悪い”
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“最近付き合い悪い”
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その言葉だけで、
ここから外される気がする。
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相沢はグラスを持つ。
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少しだけ震えている。
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それを誰も見ていない。
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いや、
見ても気にしない。
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外では夕方が近づいていた。
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昼が終わり始めている。
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つまり、
また“夜”が来る。
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相沢はふと思う。
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“また飲むのか”
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でも、
その流れを止める人間は、
ここにはいなかった。
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