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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第1章 「いつもの席」

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第16話「削れていく午後」

定食屋を出たあと、空気はさらに現実に寄ってきていた。



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太陽は高く、完全に“昼”だった。



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それなのに、相沢たちの中だけはまだ夜の残りが沈殿している。



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「ちょっと休むか?」


健が言う。



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「もう一回だけ軽く飲む?」


翔が笑う。



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「時間中途半端だしな」


隆が当然のように続ける。



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直樹はすでにスマホで場所を探している。



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優斗は何も言わない。



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相沢はその会話を少し離れた場所で聞いている。



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体が重い。


頭が鈍い。



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そして一番はっきりしているのは、


“判断する力が弱っている”という感覚だった。



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本来なら、


ここで解散してもおかしくない。



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むしろ解散するべき時間だ。



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だが誰も「終わり」を言わない。



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終わりを言う役割が、


このグループには存在していない。



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「じゃあカフェでも行くか」


直樹が言う。



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その提案は一見まともだった。



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だが実際は、


“まだ一緒にいる理由”の延長だった。



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カフェに入る。



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静かな音楽。


明るい照明。



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昼の世界そのもの。



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相沢は椅子に座った瞬間、


一気に疲れが来る。



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さっきまで動いていたはずなのに、


急に止まった感じがする。



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「コーヒーでいいか?」


健が聞く。



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相沢は頷く。



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メニューを見ても頭に入らない。



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ただ座っているだけの時間。



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「で、夜どうする?」



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その一言で空気が少し変わる。



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まだ“夜”の話をしている。



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相沢は一瞬だけ目を閉じる。



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“まだ続くのか”



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その思いは出かけるが、言葉にはならない。



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「どうせまた集まるだろ」


隆が笑う。



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「いつもの店で」



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その“いつもの”が、


重く積み重なっている。



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相沢はコーヒーを口にする。



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苦い。



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でも少しだけ意識が戻る。



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戻ってしまうからこそ、


現実が少し怖くなる。



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スマホが震える。



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会社からのメッセージ。



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『午後の現場、連絡なし。どうなっている?』



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短い文章。



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だが重い。



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相沢は画面を見つめる。



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返信するべきだ。



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でも指が動かない。



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「相沢、どうした?」


健が気づく。



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「いや……会社」



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一瞬、空気が止まる。



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でもすぐ戻る。



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「後でいいだろ」



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その言葉でまた流れる。



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また“後で”。



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その積み重ねで、


ここまで来てしまった。



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カフェの外では、


普通の午後が進んでいる。



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仕事に戻る人。


学校帰りの学生。


買い物をする家族。



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その中に混ざれないまま、


自分たちはまだ漂っている。



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相沢は小さく息を吐く。



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“俺、今日何してるんだろうな”



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その問いに答える人は、


誰もいない。



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そしてまた、


次の予定が決まる。



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この一日は、


まだ終わらないまま続いていく。



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