第14話「崩れない日常のふり」
競艇場の空気は、時間の感覚を完全に壊していた。
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勝ち負けの歓声が繰り返されるたびに、外の世界が少しずつ遠ざかる。
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相沢は椅子に座ったまま、ただ画面を見ている。
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もうどれが何レースなのかも曖昧だ。
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ただ周りの熱だけが、自分を押してくる。
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「次これだろ」
健が即座に賭けを決める。
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「お前ほんと勘だけだな」
翔が笑う。
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「でも当たる時は当たる」
隆が当然のように言う。
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直樹は数字を見ながら小さく頷く。
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優斗は相変わらず何も言わない。
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相沢は財布の中を一瞬だけ思い出す。
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昨日の夜からの流れ。
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飲み会。
カラオケ。
ラーメン。
ファミレス。
バス。
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そして今。
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いくら使ったのか分からない。
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それでも止めるタイミングは何度もあった。
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でもそのたびに、
“少しだけ”で流されてきた。
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「相沢、どうする?」
隆が聞く。
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その問いは、もう選択ではない。
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参加確認だ。
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相沢は視線を落とす。
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疲れている。
眠い。
頭が重い。
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それでも。
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ここで「やめる」と言う自分が想像できない。
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「……もう一回だけ」
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その言葉は小さい。
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でも十分だった。
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「よし」
「それな」
「今日いける日だな」
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また流れが生まれる。
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その流れの中に入ると、
抵抗する理由が薄れていく。
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画面が光る。
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レース開始。
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歓声。
数字。
結果。
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勝ち負けが一瞬で流れていく。
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そしてまた次のレース。
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相沢はふと思う。
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これ、いつ終わるんだろう。
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でも誰も終わらせようとしない。
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むしろ続くことが前提になっている。
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その中で、
自分だけが少しずつ削られていく感覚。
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スマホが震える。
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会社からの着信。
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出ない。
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出られない。
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「相沢?」
健が振り向く。
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「次行くぞ」
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その一言で、
また現実が遠ざかる。
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相沢は立ち上がる。
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足元が少しふらつく。
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でも誰も気にしない。
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気にされないことに、
少しだけ安心してしまう。
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外に出ると、太陽は高い位置にあった。
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もう昼だった。
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本来なら、
仕事にいる時間。
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でも自分はまだ、
夜の続きにいる。
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相沢は小さく息を吐く。
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「……ほんとに終わらないな」
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誰にも届かない声。
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そしてまた、
次の場所へ向かう。
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