第13話「朝の中の夜」
競艇場の入口は、朝とは思えない熱気を帯びていた。
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人のざわめき。
紙の音。
金属的なアナウンス。
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ここだけ時間の流れが違うように見える。
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相沢はその光景をぼんやり見ている。
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頭は重い。
目は乾いている。
体の奥にまだ酒が残っている感覚がある。
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「今日は勝てる気するわ」
健が笑う。
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「根拠ねぇだろ」
翔が返す。
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「こういう日はな、流れだよ」
隆が当然のように言う。
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直樹はすでにレース表を見ている。
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優斗は無言のまま後ろにいる。
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相沢は一歩遅れて中に入る。
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その瞬間、空気が変わる。
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外の現実が切り離される感覚。
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ここからは“別の時間”。
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席に座る。
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目の前ではレースの映像が流れている。
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歓声。
ため息。
数字。
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すべてが速い。
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健が紙を叩く。
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「これ絶対来るって」
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「お前毎回それ言ってるな」
翔が笑う。
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相沢は笑えない。
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視界が少し揺れている。
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眠気ではない。
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判断が薄れている感覚。
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“ここにいるべきじゃない”
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頭の奥で声がする。
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でも体は動かない。
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「相沢もいくよな?」
隆が聞く。
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その問いは優しさではない。
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確認でもない。
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ただの同調圧力。
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相沢は一瞬だけ黙る。
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財布の中身。
明日の現場。
会社の顔。
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全部が浮かぶ。
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それでも、
言葉は一つしか出ない。
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「……まあ、少しだけ」
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その瞬間、
周りが少しだけ安心する。
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「よし」
「それでいい」
「相沢いると流れいいしな」
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“流れ”
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またその言葉。
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自分の意思ではなく、
流れで動いている感覚。
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レースが始まる。
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歓声が上がる。
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数字が動く。
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相沢は画面を見ているが、
ほとんど頭に入っていない。
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ただ一つだけ、
確かな感覚がある。
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“このままじゃ帰れない”
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いや、
正確には。
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“帰るという発想が消えている”
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時計を見る。
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もう昼に近い。
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普通なら仕事に向かう時間。
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でもここでは、
まだ“夜の続き”のままだ。
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相沢は息を吐く。
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そして小さく笑う。
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「……ほんと、やばいな」
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その言葉は誰にも届かない。
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レースの音にかき消される。
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そしてまた、
次のレースが始まる。
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終わるはずの朝は、
まだ終わっていなかった。
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