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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第1章 「いつもの席」

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第12話「眠気と現実の境界」

バスの揺れは、やけに一定だった。


一定すぎて、逆に意識が落ちていく。



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相沢は座席にもたれたまま、目を閉じている。



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眠い。


だが眠れない。



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頭の中だけが、ゆっくりと重く沈んでいく。



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隣では健がスマホを見て笑っている。


後ろでは翔が半分寝ている。


隆はまだ誰かと話している。


直樹は競艇のデータを見ている。


優斗は窓の外を見ているだけだ。



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誰も“終わり”を意識していない。



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相沢の頭の中に、ふと会社の風景が浮かぶ。



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朝礼。


上司の声。


安全確認の指示。



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『飲酒運転は絶対に許されない』



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何度も聞いた言葉。



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それが、今は遠い。



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現実と意識の間に、薄い膜がある。



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その向こう側で、


自分は何か間違った場所にいる気がする。



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バスが揺れる。



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窓の外は、普通の街。



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通勤する人。


自転車。


信号。



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世界は正常に動いている。



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その正常さが、逆に怖い。



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「相沢、大丈夫か?」


健の声。



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「顔やばいぞ」



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相沢はゆっくり目を開ける。



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「……ちょっと眠いだけ」



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そう答える。



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それ以上の説明はできない。



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バスが停まる。



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競艇場の近くの停留所。



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降りると、空気が少し変わる。



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朝なのに、どこか賭け事の匂いがする場所。



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「よし、行くか」


隆が歩き出す。



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全員が続く。



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相沢も、少し遅れてついていく。



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歩きながら思う。



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“ここまで来て、まだ続くのか”



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もう何時間経ったのか分からない。



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夜が終わったはずなのに、


まだ夜の延長にいる気がする。



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入口が見える。



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人が吸い込まれていく。



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その瞬間、


相沢のスマホが震える。



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会社からの連絡。



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『今日の現場、遅刻厳禁』



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文字が目に刺さる。



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“遅刻厳禁”



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今の自分には、あまりにも遠い言葉だった。



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相沢は画面を見つめたまま止まる。



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後ろから声がする。



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「相沢、行くぞ」



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その一言で、


また現実が流れ始める。



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相沢はスマホをポケットに入れる。



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そして歩く。



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まだ朝は終わっていない。



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そして、


この一日はまだ続く。



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