第11話「帰宅という言葉の消失」
ファミレスを出た瞬間、空気がさらに現実に寄ってきた。
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朝の光は強い。
眩しさが、逆に痛い。
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相沢は目を細める。
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体は重いのに、世界だけがはっきりしていく。
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「じゃあ競艇行くか」
健が当然のように言う。
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「まだ時間あるしな」
隆が続ける。
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翔は笑いながらスマホを見ている。
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直樹はすでに調べ始めている。
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優斗は何も言わず後ろを歩く。
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相沢は少しだけ立ち止まる。
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“まだ行くのか”
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頭の中で、その言葉だけが浮かぶ。
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だが声にはならない。
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帰るタイミングは、もう何度もあった。
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ラーメン屋。
カラオケ。
コンビニ。
ファミレス。
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そのすべてで、選べたはずだった。
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でもそのたびに、
「少しだけ」が続いてきた。
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今さら“帰る”と言っても遅い気がする。
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今さら抜けても、置いていかれるだけのような気がする。
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その感覚が、判断を止めている。
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「相沢、どうした?」
隆が振り返る。
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「いや……ちょっとぼーっとしてただけ」
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そう答える。
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その瞬間、また流れが戻る。
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「じゃあ行くぞ」
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駅へ向かう途中、
通勤の人たちとすれ違う。
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スーツ姿。
イヤホン。
コンビニコーヒー。
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“普通の朝”の中にいるはずなのに、
自分たちだけが異物のように浮いている。
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相沢はふと思う。
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このまま行ったら、
今日一日どうなるんだろう。
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眠気。
飲酒の残り。
運転。
仕事。
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どれも危うい。
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それでも足は止まらない。
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止める理由を探しても、
もう頭がうまく働かない。
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「おい、あれ乗るぞ」
健が指さす。
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競艇場行きのバス。
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その瞬間、
相沢の中で何かが少しだけ沈む。
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“まだ続くのか”
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でももう、
戻る道は選べない。
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選ばなかった結果として、
ここまで来てしまったから。
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相沢は小さく息を吐く。
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そして歩き出す。
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バスの扉が開く。
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中は薄暗い。
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座席に座ると、体が一気に沈む。
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隆が笑う。
健が話す。
翔が眠そうに笑う。
直樹が予想を語る。
優斗は黙っている。
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いつもの光景。
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いつもの朝。
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相沢は窓の外を見る。
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街は完全に日常へ戻っている。
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学校。
会社。
家庭。
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そのすべてが動いている。
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その中で、自分たちだけが
まだ夜の続きにいる。
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目を閉じる。
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少しだけでも眠れればいいと思う。
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でも頭の奥では、
ずっと小さな声がしている。
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“これで運転するのか?”
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その問いは、
誰にも届かないまま、
揺れの中に消えていく。
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