第10話「少しだけ休むという嘘」
ファミレスの時間は、妙に長く感じた。
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朝の光が窓から差し込んでいるのに、体はまだ夜のままだった。
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相沢はコーヒーを両手で持ったまま、ぼんやりとテーブルを見ている。
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「で、どうする?」
健が当然のように聞く。
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その“どうする”は、帰るかどうかではない。
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次に何をするか、だけだ。
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「昼から競艇行けるよな?」
隆が笑う。
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翔が欠伸をしながら続ける。
「その前に少し寝るか、飲み直すか」
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直樹はスマホを見ている。
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優斗は何も言わず、ただ水を飲んでいる。
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いつも通りの並び。
いつも通りの空気。
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相沢はゆっくり息を吐く。
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本当なら、ここで帰るべきだ。
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もう限界に近い。
頭は重い。
体もだるい。
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でも。
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帰ったあとに待っているのは何だろう。
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一人の部屋。
静かな時間。
そして明日の現実。
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仕事。
上司。
後輩。
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そこで待っているのは「まともな自分」ではない。
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ただの疲れた自分だ。
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だったら今ここも、
そこまで大きな違いはない気がしてくる。
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「相沢?」
隆がもう一度言う。
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相沢は視線を上げる。
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一瞬だけ、何かを言おうとする。
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だが言葉が出ない。
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代わりに出てくるのは、いつもの答え。
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「……少し休んでからでいい?」
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その瞬間、誰も否定しない。
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むしろ安心したように空気が緩む。
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「それでいいって」
健が笑う。
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「ほらな、結局いくじゃん」
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翔も笑う。
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直樹は無言でうなずく。
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優斗はグラスを置く。
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“少し休む”
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その言葉は、いつも嘘だった。
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休んだことはない。
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休むと言いながら、そのまま次へ行く。
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その繰り返し。
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相沢はそれを分かっている。
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分かっているのに、
やめられない。
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時計を見る。
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7時を少し過ぎている。
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もう朝というより、完全に日常の時間だ。
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通勤の人間が増えている。
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会社へ向かう車。
制服の高校生。
カフェに入るサラリーマン。
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世界はちゃんと動いている。
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その中で、自分たちだけがまだ“夜の続き”にいる。
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「じゃあ、どうする?」
健がまた聞く。
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その問いは、選択肢ではない。
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流れの確認だ。
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相沢はゆっくりコーヒーを飲む。
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苦い。
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少しだけ目が覚める。
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だが判断は戻らない。
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戻す場所がない。
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「……行くわ」
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その一言で決まる。
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誰も驚かない。
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誰も止めない。
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むしろ安心したように笑う。
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「ほらな」
隆が立ち上がる。
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「まだ朝は終わってねぇよ」
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相沢も立ち上がる。
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足が少しふらつく。
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でも誰も気にしない。
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ファミレスを出ると、空はもう完全に明るかった。
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眩しいくらいの朝。
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そこにいるのに、どこにもいないような感覚。
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相沢は小さく思う。
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“これ、いつ終わるんだろうな”
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でもその答えは、誰も持っていなかった。
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そしてまた、
同じ一日が続いていく。
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