第11話「伝える資格」
六月。
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仕事を始めて半年が過ぎた。
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相沢の生活は、
少しずつ形になっていた。
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朝起きる。
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仕事へ行く。
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帰宅する。
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家族と食事をする。
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当たり前の毎日。
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しかし、
その「当たり前」は、
以前の相沢にはなかったものだった。
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ある日の午後。
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会社の休憩時間。
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田中が声をかけてきた。
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「相沢さん」
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「はい」
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「少し相談があります」
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相沢は不思議に思う。
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「何でしょうか」
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田中は一枚の紙を出した。
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交通安全講習会の案内。
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「地域の講習会なんです」
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「飲酒運転について話してくれる人を探しているらしくて」
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相沢の表情が固まる。
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「……自分がですか」
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田中は頷く。
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「無理にとは言いません」
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「でも」
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少し間を置く。
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「相沢さんだから話せることもあると思います」
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その言葉。
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胸に重く響いた。
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帰宅後。
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相沢は机の前に座る。
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案内を見る。
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講演時間。
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三十分。
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対象。
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高校生。
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若者。
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一番伝えたい相手だった。
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しかし、
怖かった。
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自分には、
そんな資格があるのか。
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人に命の大切さを語る。
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そんな立場なのか。
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自分は、
命を奪った側なのに。
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夜。
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母親と夕食を食べる。
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「相談された」
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相沢は言った。
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「交通安全の話をしてほしいって」
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母親は箸を止める。
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「どうするの?」
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相沢は俯く。
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「分からない」
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「俺が話していいのか」
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「誰かに偉そうなことを言う資格があるのか」
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母親はしばらく黙っていた。
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そして言った。
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「あなたは、偉そうに話す必要はないんじゃない?」
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相沢は顔を上げる。
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「経験したことを話せばいい」
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「失敗したこと」
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「後悔していること」
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「失ったもの」
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「それを伝えるだけでいいと思う」
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その言葉で、
少し心が動く。
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後日。
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相沢は健の母親にも相談した。
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「講習会に出ようと思っています」
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電話の向こう。
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少し沈黙。
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「そう」
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「怖い?」
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相沢は正直に答える。
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「怖いです」
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「自分のしたことを、大勢の前で話すことが」
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健の母親は静かに言った。
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「怖いなら、忘れないと思う」
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「怖くなくなった時の方が危ないかもしれない」
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相沢はその言葉を噛みしめる。
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講習会当日。
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会場。
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高校生たちが座っている。
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制服姿。
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笑い声。
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その姿を見ると、
胸が苦しくなる。
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健にも、
こんな未来があったかもしれない。
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壇上へ向かう。
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マイクを持つ。
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手が震える。
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「こんにちは」
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声が響く。
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「今日は、失敗した人間の話をします」
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会場が静かになる。
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「私は昔、友人と酒を飲みました」
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「そして、止めるべき時に止めませんでした」
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少し息を吸う。
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「あの日、もっと強く言えていたら」
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「もっと違う選択をしていたら」
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「友人は今も生きていたかもしれません」
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静かな会場。
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誰も笑わない。
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誰も目を逸らさない。
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相沢は続ける。
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「人生は、一瞬で変わります」
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「でも、その一瞬の前には必ず選択があります」
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「断る勇気」
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「止める勇気」
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「その場の空気に流されない勇気」
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「それを持ってください」
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三十分。
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短い時間だった。
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でも、
相沢にとっては、
人生で最も長い三十分だった。
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講習終了後。
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一人の男子生徒が近づいてきた。
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「あの……」
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相沢は振り向く。
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「もし友達が飲んで運転しようとしたら」
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「止めます」
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相沢は目を見開く。
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「絶対に止めます」
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その言葉。
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胸の奥に届いた。
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帰り道。
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夕焼け。
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相沢は空を見る。
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「健」
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「少しだけ、届いたかな」
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返事はない。
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でも、
初めて思った。
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自分が生き続ける意味は、
苦しみ続けることだけではない。
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誰かの未来を守るためにも、
生きられる。
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第4章 第11話 完
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次回
第4章 第12話
「新しい役割」
講習会をきっかけに、相沢へ新たな依頼が届く。
しかし、自分の過去を利用することへの葛藤が生まれる。




