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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第11話「伝える資格」

六月。



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仕事を始めて半年が過ぎた。



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相沢の生活は、


少しずつ形になっていた。



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朝起きる。



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仕事へ行く。



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帰宅する。



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家族と食事をする。



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当たり前の毎日。



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しかし、


その「当たり前」は、


以前の相沢にはなかったものだった。



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ある日の午後。



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会社の休憩時間。



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田中が声をかけてきた。



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「相沢さん」



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「はい」



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「少し相談があります」



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相沢は不思議に思う。



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「何でしょうか」



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田中は一枚の紙を出した。



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交通安全講習会の案内。



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「地域の講習会なんです」



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「飲酒運転について話してくれる人を探しているらしくて」



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相沢の表情が固まる。



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「……自分がですか」



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田中は頷く。



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「無理にとは言いません」



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「でも」



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少し間を置く。



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「相沢さんだから話せることもあると思います」



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その言葉。



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胸に重く響いた。



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帰宅後。



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相沢は机の前に座る。



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案内を見る。



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講演時間。



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三十分。



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対象。



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高校生。



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若者。



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一番伝えたい相手だった。



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しかし、


怖かった。



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自分には、


そんな資格があるのか。



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人に命の大切さを語る。



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そんな立場なのか。



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自分は、


命を奪った側なのに。



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夜。



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母親と夕食を食べる。



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「相談された」



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相沢は言った。



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「交通安全の話をしてほしいって」



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母親は箸を止める。



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「どうするの?」



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相沢は俯く。



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「分からない」



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「俺が話していいのか」



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「誰かに偉そうなことを言う資格があるのか」



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母親はしばらく黙っていた。



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そして言った。



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「あなたは、偉そうに話す必要はないんじゃない?」



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相沢は顔を上げる。



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「経験したことを話せばいい」



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「失敗したこと」



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「後悔していること」



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「失ったもの」



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「それを伝えるだけでいいと思う」



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その言葉で、


少し心が動く。



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後日。



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相沢は健の母親にも相談した。



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「講習会に出ようと思っています」



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電話の向こう。



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少し沈黙。



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「そう」



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「怖い?」



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相沢は正直に答える。



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「怖いです」



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「自分のしたことを、大勢の前で話すことが」



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健の母親は静かに言った。



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「怖いなら、忘れないと思う」



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「怖くなくなった時の方が危ないかもしれない」



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相沢はその言葉を噛みしめる。



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講習会当日。



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会場。



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高校生たちが座っている。



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制服姿。



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笑い声。



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その姿を見ると、


胸が苦しくなる。



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健にも、


こんな未来があったかもしれない。



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壇上へ向かう。



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マイクを持つ。



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手が震える。



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「こんにちは」



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声が響く。



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「今日は、失敗した人間の話をします」



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会場が静かになる。



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「私は昔、友人と酒を飲みました」



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「そして、止めるべき時に止めませんでした」



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少し息を吸う。



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「あの日、もっと強く言えていたら」



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「もっと違う選択をしていたら」



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「友人は今も生きていたかもしれません」



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静かな会場。



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誰も笑わない。



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誰も目を逸らさない。



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相沢は続ける。



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「人生は、一瞬で変わります」



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「でも、その一瞬の前には必ず選択があります」



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「断る勇気」



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「止める勇気」



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「その場の空気に流されない勇気」



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「それを持ってください」



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三十分。



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短い時間だった。



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でも、


相沢にとっては、


人生で最も長い三十分だった。



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講習終了後。



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一人の男子生徒が近づいてきた。



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「あの……」



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相沢は振り向く。



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「もし友達が飲んで運転しようとしたら」



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「止めます」



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相沢は目を見開く。



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「絶対に止めます」



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その言葉。



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胸の奥に届いた。



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帰り道。



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夕焼け。



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相沢は空を見る。



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「健」



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「少しだけ、届いたかな」



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返事はない。



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でも、


初めて思った。



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自分が生き続ける意味は、


苦しみ続けることだけではない。



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誰かの未来を守るためにも、


生きられる。



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第4章 第11話 完



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次回


第4章 第12話


「新しい役割」


講習会をきっかけに、相沢へ新たな依頼が届く。

しかし、自分の過去を利用することへの葛藤が生まれる。

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