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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第10話「新しい日常」

春が近づいていた。



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寒さの残る朝。



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相沢はいつもの時間に起きる。



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以前とは違う朝だった。



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刑務所の決められた生活。



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出所直後の不安だけの日々。



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そのどちらでもない。



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今は、


自分で選んだ時間を生きている。



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「おはよう」



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一階へ降りる。



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母親が返事をする。



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「おはよう」



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短いやり取り。



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でも、


その普通さが嬉しかった。



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会社へ向かう。



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電車の中。



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以前なら、


何気なく見ていた景色。



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今は違う。



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同じように働く人。



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学校へ向かう学生。



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買い物へ向かう人。



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それぞれが、


それぞれの人生を生きている。



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自分もその中の一人になろうとしている。



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会社。



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「おはようございます」



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挨拶をする。



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「おはよう」



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返事が返る。



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最初の頃のような緊張感は少し薄れていた。



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もちろん、


全員が自分を受け入れたわけではない。



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距離を置く人もいる。



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以前と同じように話してくれる人もいる。



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それでいいと思えた。



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全員に理解してもらうことは、


できない。



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大切なのは、


自分がどう生きるかだった。



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昼休み。



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田中が隣に座る。



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「最近、少し顔が変わりましたね」



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相沢は苦笑する。



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「そうですか?」



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「最初は、ずっと謝っている顔をしていました」



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相沢は黙る。



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思い当たる。



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何をしていても、


頭の中には罪があった。



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仕事をしていても。



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食事をしていても。



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眠っていても。



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「今も忘れてはいません」



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相沢は言う。



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田中は頷く。



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「それでいいと思います」



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「忘れないことと、自分を壊すことは違いますから」



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その言葉は、


今の相沢に必要なものだった。



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仕事帰り。



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相沢は一人で駅前を歩く。



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以前なら、


この時間に友人と飲みに行くこともあった。



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笑って。



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くだらない話をして。



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その中に健もいた。



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足が止まる。



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飲食店の前。



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店内から笑い声が聞こえる。



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胸が苦しくなる。



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あの日も、


最初はただの楽しい時間だった。



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誰も、


あんな未来になるとは思わなかった。



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相沢は目を閉じる。



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「……健」



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名前を呟く。



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以前なら、


その後に自分を責め続けていた。



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しかし今は違う。



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「ごめん」



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そして、


続ける。



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「でも、俺は生きる」



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それが、


健への一番の償いだと思えるようになっていた。



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夜。



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家。



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母親がテレビを見ている。



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何気ないニュース。



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交通安全週間の話題。



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相沢は画面を見る。



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飲酒運転撲滅。



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その文字。



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以前なら、


苦しくて目を逸らしていた。



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今は違う。



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最後まで見る。



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そして思う。



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自分が伝えられることがあるかもしれない。



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まだ先の話。



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でも、


いつか。



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同じような夜を迎える誰かに、


「断れ」


と言える人間になりたい。



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部屋に戻る。



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机の上。



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三通の手紙。



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そして、


会社の社員証。



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過去の自分。



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今の自分。



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その間にあるもの。



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それは、


償いながら生きていく時間だった。



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相沢は明日の準備をする。



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目覚ましをセットする。



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布団に入る。



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明日も仕事。



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明日も普通の日。



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その普通こそが、


今の相沢には何より大切だった。



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第4章 第10話 完



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次回


第4章 第11話


「伝える資格」


交通安全の講習会への参加を勧められる相沢。

自分の過去を人前で語ることに迷いながら、一歩踏み出す決意をする。

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