第10話「新しい日常」
春が近づいていた。
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寒さの残る朝。
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相沢はいつもの時間に起きる。
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以前とは違う朝だった。
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刑務所の決められた生活。
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出所直後の不安だけの日々。
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そのどちらでもない。
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今は、
自分で選んだ時間を生きている。
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「おはよう」
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一階へ降りる。
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母親が返事をする。
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「おはよう」
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短いやり取り。
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でも、
その普通さが嬉しかった。
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会社へ向かう。
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電車の中。
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以前なら、
何気なく見ていた景色。
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今は違う。
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同じように働く人。
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学校へ向かう学生。
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買い物へ向かう人。
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それぞれが、
それぞれの人生を生きている。
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自分もその中の一人になろうとしている。
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会社。
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「おはようございます」
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挨拶をする。
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「おはよう」
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返事が返る。
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最初の頃のような緊張感は少し薄れていた。
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もちろん、
全員が自分を受け入れたわけではない。
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距離を置く人もいる。
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以前と同じように話してくれる人もいる。
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それでいいと思えた。
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全員に理解してもらうことは、
できない。
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大切なのは、
自分がどう生きるかだった。
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昼休み。
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田中が隣に座る。
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「最近、少し顔が変わりましたね」
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相沢は苦笑する。
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「そうですか?」
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「最初は、ずっと謝っている顔をしていました」
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相沢は黙る。
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思い当たる。
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何をしていても、
頭の中には罪があった。
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仕事をしていても。
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食事をしていても。
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眠っていても。
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「今も忘れてはいません」
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相沢は言う。
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田中は頷く。
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「それでいいと思います」
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「忘れないことと、自分を壊すことは違いますから」
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その言葉は、
今の相沢に必要なものだった。
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仕事帰り。
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相沢は一人で駅前を歩く。
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以前なら、
この時間に友人と飲みに行くこともあった。
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笑って。
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くだらない話をして。
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その中に健もいた。
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足が止まる。
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飲食店の前。
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店内から笑い声が聞こえる。
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胸が苦しくなる。
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あの日も、
最初はただの楽しい時間だった。
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誰も、
あんな未来になるとは思わなかった。
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相沢は目を閉じる。
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「……健」
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名前を呟く。
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以前なら、
その後に自分を責め続けていた。
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しかし今は違う。
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「ごめん」
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そして、
続ける。
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「でも、俺は生きる」
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それが、
健への一番の償いだと思えるようになっていた。
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夜。
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家。
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母親がテレビを見ている。
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何気ないニュース。
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交通安全週間の話題。
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相沢は画面を見る。
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飲酒運転撲滅。
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その文字。
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以前なら、
苦しくて目を逸らしていた。
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今は違う。
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最後まで見る。
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そして思う。
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自分が伝えられることがあるかもしれない。
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まだ先の話。
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でも、
いつか。
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同じような夜を迎える誰かに、
「断れ」
と言える人間になりたい。
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部屋に戻る。
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机の上。
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三通の手紙。
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そして、
会社の社員証。
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過去の自分。
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今の自分。
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その間にあるもの。
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それは、
償いながら生きていく時間だった。
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相沢は明日の準備をする。
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目覚ましをセットする。
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布団に入る。
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明日も仕事。
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明日も普通の日。
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その普通こそが、
今の相沢には何より大切だった。
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第4章 第10話 完
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次回
第4章 第11話
「伝える資格」
交通安全の講習会への参加を勧められる相沢。
自分の過去を人前で語ることに迷いながら、一歩踏み出す決意をする。




