第8話「残された席」
翌朝。
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相沢はいつもより早く会社へ向かった。
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眠れなかった。
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昨日の出来事が、
何度も頭の中で繰り返される。
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社員たちの表情。
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静まり返った空気。
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自分の口から出した言葉。
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「飲酒運転で事故を起こしました」
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言葉にした瞬間、
過去が現実になった気がした。
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今までも、
罪から逃げたつもりはなかった。
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裁判を受けた。
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刑務所にも入った。
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反省もしてきた。
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でも、
社会の中で自分の過去を知られることは、
また別の苦しさがあった。
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会社の入口。
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相沢は深呼吸する。
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昨日と同じように、
扉を開ける。
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「おはようございます」
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返事が返ってくる。
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「おはよう」
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だが、
少し違った。
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以前より声が小さい。
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少し距離がある。
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それは当然だった。
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自分でも分かっていた。
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簡単に受け入れられる話ではない。
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午前の作業。
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同じ場所で働く。
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同じ仕事をする。
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しかし、
空気だけが変わっていた。
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休憩時間。
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若い社員たちが話している。
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「知らなかった」
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「ニュースになってたんだな」
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相沢には聞こえていた。
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聞こえないふりをする。
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昔なら、
逃げ出していたかもしれない。
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でも、
その場に残った。
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自分がしたことから、
逃げないために。
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午後。
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上司から呼ばれる。
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会議室。
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相沢は覚悟する。
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「退職してください」
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そう言われる可能性も考えていた。
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椅子に座る。
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上司が資料を見る。
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「昨日の件について」
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相沢は黙って聞く。
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「会社としても確認が必要でした」
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「過去の事故について」
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「隠していたわけではありません」
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相沢は答える。
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「面接でも話しました」
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上司は頷く。
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「聞いています」
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少し沈黙。
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そして、
意外な言葉が出た。
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「仕事を続けてもらいます」
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相沢は顔を上げる。
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「……いいんですか」
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上司は少し困ったように笑う。
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「簡単な判断ではありませんでした」
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「社員の中には不安に思う人もいます」
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正直な言葉。
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「ですが」
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上司は続ける。
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「あなたは過去を隠さず話した」
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「そして、今ここで働こうとしている」
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「それを見ることにしました」
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相沢は頭を下げる。
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「ありがとうございます」
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「ただし」
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上司の声が少し強くなる。
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「これからは今まで以上に責任を持ってください」
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「あなた自身のためだけではありません」
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「会社で働く人間として」
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相沢は頷く。
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「はい」
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会議室を出る。
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胸の奥にあった重さが、
少しだけ軽くなった。
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しかし、
完全に安心したわけではない。
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午後の終わり。
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田中が声をかける。
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「相沢さん」
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「はい」
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「今日、昼休みに一人でいましたよね」
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相沢は苦笑する。
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「迷惑かけたくなかったので」
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田中は首を振る。
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「それは違うと思います」
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「迷惑をかけないために距離を取ることと」
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「自分から孤立することは違います」
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相沢は黙る。
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「過去があるからって、今のあなたまで消えるわけじゃないですよ」
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その言葉。
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相沢はしばらく忘れられなかった。
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帰宅。
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玄関を開ける。
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「ただいま」
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その言葉が、
少しずつ自然になってきた。
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夕食。
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母親が聞く。
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「続けられそう?」
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相沢は少し考える。
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「分からない」
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正直な答え。
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「でも……」
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箸を置く。
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「続けたい」
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母親は静かに頷いた。
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夜。
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部屋。
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机の上には、
三通の手紙。
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そして、
今日もらった社員証。
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刑務所の番号ではない。
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会社での名前。
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相沢という一人の人間としての証。
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まだ完全な居場所ではない。
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でも、
小さな席は残っていた。
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相沢は社員証を見つめる。
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「ここからだ」
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静かに呟く。
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過去を背負ったままでも、
歩くことはできる。
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第4章 第8話 完
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次回
第4章 第9話
「健の母親」
相沢は久しぶりに健の母親と会う。
社会復帰した姿を見せる中で、許しではなく、向き合うための言葉を受け取る。




