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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第8話「残された席」

翌朝。



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相沢はいつもより早く会社へ向かった。



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眠れなかった。



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昨日の出来事が、


何度も頭の中で繰り返される。



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社員たちの表情。



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静まり返った空気。



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自分の口から出した言葉。



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「飲酒運転で事故を起こしました」



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言葉にした瞬間、


過去が現実になった気がした。



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今までも、


罪から逃げたつもりはなかった。



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裁判を受けた。



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刑務所にも入った。



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反省もしてきた。



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でも、


社会の中で自分の過去を知られることは、


また別の苦しさがあった。



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会社の入口。



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相沢は深呼吸する。



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昨日と同じように、


扉を開ける。



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「おはようございます」



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返事が返ってくる。



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「おはよう」



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だが、


少し違った。



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以前より声が小さい。



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少し距離がある。



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それは当然だった。



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自分でも分かっていた。



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簡単に受け入れられる話ではない。



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午前の作業。



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同じ場所で働く。



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同じ仕事をする。



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しかし、


空気だけが変わっていた。



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休憩時間。



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若い社員たちが話している。



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「知らなかった」



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「ニュースになってたんだな」



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相沢には聞こえていた。



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聞こえないふりをする。



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昔なら、


逃げ出していたかもしれない。



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でも、


その場に残った。



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自分がしたことから、


逃げないために。



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午後。



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上司から呼ばれる。



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会議室。



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相沢は覚悟する。



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「退職してください」



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そう言われる可能性も考えていた。



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椅子に座る。



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上司が資料を見る。



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「昨日の件について」



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相沢は黙って聞く。



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「会社としても確認が必要でした」



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「過去の事故について」



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「隠していたわけではありません」



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相沢は答える。



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「面接でも話しました」



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上司は頷く。



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「聞いています」



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少し沈黙。



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そして、


意外な言葉が出た。



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「仕事を続けてもらいます」



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相沢は顔を上げる。



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「……いいんですか」



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上司は少し困ったように笑う。



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「簡単な判断ではありませんでした」



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「社員の中には不安に思う人もいます」



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正直な言葉。



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「ですが」



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上司は続ける。



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「あなたは過去を隠さず話した」



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「そして、今ここで働こうとしている」



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「それを見ることにしました」



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相沢は頭を下げる。



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「ありがとうございます」



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「ただし」



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上司の声が少し強くなる。



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「これからは今まで以上に責任を持ってください」



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「あなた自身のためだけではありません」



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「会社で働く人間として」



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相沢は頷く。



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「はい」



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会議室を出る。



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胸の奥にあった重さが、


少しだけ軽くなった。



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しかし、


完全に安心したわけではない。



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午後の終わり。



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田中が声をかける。



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「相沢さん」



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「はい」



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「今日、昼休みに一人でいましたよね」



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相沢は苦笑する。



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「迷惑かけたくなかったので」



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田中は首を振る。



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「それは違うと思います」



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「迷惑をかけないために距離を取ることと」



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「自分から孤立することは違います」



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相沢は黙る。



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「過去があるからって、今のあなたまで消えるわけじゃないですよ」



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その言葉。



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相沢はしばらく忘れられなかった。



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帰宅。



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玄関を開ける。



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「ただいま」



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その言葉が、


少しずつ自然になってきた。



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夕食。



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母親が聞く。



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「続けられそう?」



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相沢は少し考える。



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「分からない」



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正直な答え。



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「でも……」



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箸を置く。



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「続けたい」



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母親は静かに頷いた。



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夜。



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部屋。



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机の上には、


三通の手紙。



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そして、


今日もらった社員証。



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刑務所の番号ではない。



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会社での名前。



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相沢という一人の人間としての証。



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まだ完全な居場所ではない。



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でも、


小さな席は残っていた。



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相沢は社員証を見つめる。



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「ここからだ」



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静かに呟く。



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過去を背負ったままでも、


歩くことはできる。



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第4章 第8話 完



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次回


第4章 第9話


「健の母親」


相沢は久しぶりに健の母親と会う。

社会復帰した姿を見せる中で、許しではなく、向き合うための言葉を受け取る。

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