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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第7話「噂」

翌朝。



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相沢はいつもより早く家を出た。



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眠れなかった。



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何度も考えた。



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昨日の山本の顔。



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声。



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そして、


あの一言。



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「刑務所から出たんだな」



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隠していたわけではない。



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いつか話さなければならないことだった。



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それでも、


怖かった。



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せっかく戻り始めた日常が、


また壊れる気がした。



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会社へ向かう道。



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足取りが重い。



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入口の前で、


一度立ち止まる。



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深呼吸。



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そして、


扉を開けた。



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「おはようございます」



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いつも通り挨拶する。



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「おはよう」



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返事が返ってくる。



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その瞬間、


少し安心した。



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まだ、


何も変わっていない。



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午前の仕事。



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集中しようとする。



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しかし、


周囲の視線が気になる。



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誰かが見ている気がする。



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誰かが話している気がする。



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実際には、


ほとんどの人はいつも通りだった。



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だが、


一度傷ついた心は、


小さな変化にも敏感になる。



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昼休み。



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食堂。



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相沢が席についた時。



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会話が止まった気がした。



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本当に止まったのか。



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自分の思い込みなのか。



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分からない。



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ただ、


胸が苦しくなる。



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そこへ田中が来た。



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「ここ、いいですか?」



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相沢は少し驚く。



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「はい」



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田中は普通に座る。



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しばらく二人で昼食を食べる。



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相沢は迷った。



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話すべきか。



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黙るべきか。



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しかし、


もう逃げないと決めた。



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「田中さん」



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「はい?」



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「もし……」



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言葉が詰まる。



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「自分の過去を聞いたら、どう思いますか」



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田中は箸を止める。



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少し考える。



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「内容によりますね」



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正直な答えだった。



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相沢は頷く。



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「そうですよね」



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田中は続ける。



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「でも、今の相沢さんを見る限り」



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「仕事を真面目にしている人だと思っています」



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その言葉に、


相沢は顔を上げる。



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「過去を知らないから言えるだけかもしれません」



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田中は首を振る。



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「違います」



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「人間って、過去だけで判断できないと思います」



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その言葉。



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刑務所で聞いた言葉と重なった。



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午後。



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事件は起きた。



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休憩時間。



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若い社員がスマホを見ていた。



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「え……」



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小さな声。



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その表情が変わる。



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「これ……」



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隣の社員に画面を見せる。



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相沢は嫌な予感がした。



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その直後。



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自分の名前が聞こえた。



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「相沢って……」



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時間が止まる。



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誰かが、


過去の記事を見つけた。



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昔の事故の記事。



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飲酒運転。



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死亡事故。



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実名報道。



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消えない記録。



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インターネットに残った過去。



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相沢は立ち尽くす。



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逃げたい。



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その気持ちが一瞬湧く。



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しかし、


足は動かなかった。



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「相沢さん」



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声をかけたのは田中だった。



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社員たちが見る。



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相沢は静かに頭を下げた。



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「はい」



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「その記事は……自分です」



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静寂。



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誰も言葉を出さない。



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相沢は続ける。



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「飲酒運転で事故を起こしました」



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「友人を亡くしました」



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「刑務所にいました」



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「今も、その事実は変わりません」



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声が震える。



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それでも続ける。



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「だから……」



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「これから二度と同じことを起こさないように生きています」



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誰も答えなかった。



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ただ、


田中だけが静かに言った。



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「仕事に戻りましょう」



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短い言葉。



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でも、


相沢には救いだった。



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その夜。



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家に帰る。



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母親は顔を見るだけで分かった。



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「何かあった?」



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相沢は答える。



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「知られた」



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母親は黙る。



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「……そう」



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少し間を置く。



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「それでも帰ってきたんでしょう?」



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相沢は顔を上げる。



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「逃げずに帰ってきた」



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その言葉で、


少しだけ涙が出た。



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過去は消えない。



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隠しても、


いつか現れる。



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でも、


向き合うことはできる。



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相沢はもう一度思う。



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「逃げない」



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それが、


自分にできる唯一の償いだった。



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第4章 第7話 完



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次回


第4章 第8話


「残された席」


職場で知れ渡った相沢の過去。

離れていく人、向き合おうとする人。

相沢は「居場所」とは何かを考えることになる。

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