第6話「知られていない過去」
仕事を始めて一ヶ月。
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相沢は少しずつ職場の空気に慣れていた。
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朝の挨拶。
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決められた時間に出勤すること。
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同じ作業を繰り返すこと。
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それは、
以前なら当たり前だった日常。
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しかし今の相沢にとっては、
一つ一つが大切なものだった。
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「相沢さん、これお願いします」
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田中が資料を渡す。
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「分かりました」
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以前の自分なら、
もっと自然に返事をしていた。
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今は、
一言一言を大切にしている。
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失敗しないように。
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迷惑をかけないように。
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そして、
逃げないように。
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昼休み。
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社員たちが雑談している。
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「最近、飲み会やってないな」
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若い社員が笑う。
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「今どき無理に誘えないですよ」
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その会話を聞いた瞬間、
相沢の手が止まった。
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酒。
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その言葉だけで、
あの日の夜が蘇る。
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笑い声。
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車の鍵。
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健の声。
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『大丈夫だって』
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そして、
止められなかった自分。
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相沢は箸を置く。
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「……」
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田中が気づく。
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「相沢さん?」
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「すみません」
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「少し考え事を」
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田中は深く聞かなかった。
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「無理しないでください」
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その優しさが、
逆に胸に刺さる。
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午後。
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仕事中。
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新人の社員がミスをした。
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「すみません!」
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若い社員が焦る。
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以前の相沢なら、
責める側だったかもしれない。
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しかし今は違う。
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「大丈夫」
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「次に気をつければいい」
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その言葉が自然に出た。
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自分でも少し驚いた。
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刑務所で出会った人たち。
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長期刑の男の言葉。
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「人間は過去だけで決まらない」
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その意味を少し理解した気がした。
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夕方。
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退勤しようとした時。
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会社の入口で、
一人の男性が立っていた。
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見覚えのある顔。
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だが、
すぐには思い出せない。
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男性は相沢を見る。
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そして、
表情が変わる。
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「……相沢?」
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その声。
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心臓が跳ねる。
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「久しぶりだな」
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相沢は固まった。
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高校時代の同級生。
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山本。
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事故の前、
何度も一緒に遊んだ友人。
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そして、
健とも付き合いがあった人物。
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「お前……」
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山本は言葉を失う。
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相沢がここにいること。
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そして、
出所して働いていること。
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どちらにも驚いているようだった。
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数秒の沈黙。
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相沢は覚悟する。
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いつか来ると思っていた。
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過去が追いついてくる日。
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「刑務所から出たんだな」
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その言葉。
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責める声ではなかった。
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しかし、
周囲に聞こえそうな大きさだった。
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相沢は周りを見る。
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社員たちはまだ残っている。
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誰かが聞いたかもしれない。
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山本は気づく。
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「あ……」
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口を閉じる。
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だが、
もう遅かった。
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相沢の中で、
何かが崩れそうになる。
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せっかく作った日常。
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ようやく手に入れた居場所。
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それが、
また壊れるかもしれない。
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夜。
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相沢は眠れなかった。
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机の上。
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三通の手紙。
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その横に、
新しい会社の名刺。
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過去と現在。
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その二つが、
初めて真正面からぶつかった。
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相沢は目を閉じる。
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逃げれば楽かもしれない。
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でも、
もう決めた。
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「逃げない」
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過去が追いついてきても。
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向き合う。
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それが、
これからの人生だから。
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第4章 第6話 完
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次回
第4章 第7話
「噂」
山本との再会をきっかけに、職場で少しずつ変化が起こる。
相沢は、社会の中で過去と向き合う厳しさを知ることになる。




