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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第6話「知られていない過去」

仕事を始めて一ヶ月。



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相沢は少しずつ職場の空気に慣れていた。



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朝の挨拶。



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決められた時間に出勤すること。



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同じ作業を繰り返すこと。



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それは、


以前なら当たり前だった日常。



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しかし今の相沢にとっては、


一つ一つが大切なものだった。



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「相沢さん、これお願いします」



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田中が資料を渡す。



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「分かりました」



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以前の自分なら、


もっと自然に返事をしていた。



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今は、


一言一言を大切にしている。



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失敗しないように。



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迷惑をかけないように。



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そして、


逃げないように。



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昼休み。



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社員たちが雑談している。



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「最近、飲み会やってないな」



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若い社員が笑う。



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「今どき無理に誘えないですよ」



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その会話を聞いた瞬間、


相沢の手が止まった。



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酒。



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その言葉だけで、


あの日の夜が蘇る。



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笑い声。



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車の鍵。



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健の声。



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『大丈夫だって』



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そして、


止められなかった自分。



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相沢は箸を置く。



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「……」



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田中が気づく。



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「相沢さん?」



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「すみません」



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「少し考え事を」



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田中は深く聞かなかった。



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「無理しないでください」



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その優しさが、


逆に胸に刺さる。



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午後。



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仕事中。



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新人の社員がミスをした。



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「すみません!」



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若い社員が焦る。



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以前の相沢なら、


責める側だったかもしれない。



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しかし今は違う。



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「大丈夫」



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「次に気をつければいい」



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その言葉が自然に出た。



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自分でも少し驚いた。



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刑務所で出会った人たち。



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長期刑の男の言葉。



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「人間は過去だけで決まらない」



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その意味を少し理解した気がした。



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夕方。



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退勤しようとした時。



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会社の入口で、


一人の男性が立っていた。



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見覚えのある顔。



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だが、


すぐには思い出せない。



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男性は相沢を見る。



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そして、


表情が変わる。



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「……相沢?」



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その声。



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心臓が跳ねる。



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「久しぶりだな」



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相沢は固まった。



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高校時代の同級生。



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山本。



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事故の前、


何度も一緒に遊んだ友人。



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そして、


健とも付き合いがあった人物。



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「お前……」



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山本は言葉を失う。



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相沢がここにいること。



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そして、


出所して働いていること。



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どちらにも驚いているようだった。



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数秒の沈黙。



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相沢は覚悟する。



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いつか来ると思っていた。



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過去が追いついてくる日。



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「刑務所から出たんだな」



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その言葉。



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責める声ではなかった。



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しかし、


周囲に聞こえそうな大きさだった。



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相沢は周りを見る。



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社員たちはまだ残っている。



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誰かが聞いたかもしれない。



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山本は気づく。



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「あ……」



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口を閉じる。



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だが、


もう遅かった。



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相沢の中で、


何かが崩れそうになる。



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せっかく作った日常。



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ようやく手に入れた居場所。



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それが、


また壊れるかもしれない。



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夜。



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相沢は眠れなかった。



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机の上。



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三通の手紙。



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その横に、


新しい会社の名刺。



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過去と現在。



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その二つが、


初めて真正面からぶつかった。



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相沢は目を閉じる。



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逃げれば楽かもしれない。



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でも、


もう決めた。



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「逃げない」



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過去が追いついてきても。



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向き合う。



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それが、


これからの人生だから。



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第4章 第6話 完



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次回


第4章 第7話


「噂」


山本との再会をきっかけに、職場で少しずつ変化が起こる。

相沢は、社会の中で過去と向き合う厳しさを知ることになる。

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