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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第5話「採用通知」

電話を取る。



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「はい、相沢です」



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数秒の沈黙。



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相手の声を待つ時間が、


妙に長く感じた。



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「先日の面接の件ですが」



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相沢は背筋を伸ばす。



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「はい」



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「社内で検討しました」



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その言葉だけで、


胸が締め付けられる。



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結果を待つ時間は、


判決を聞く時とは違う。



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だが、


どこか似ていた。



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自分では決められない。



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相手の判断を待つしかない。



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「相沢さん」



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「採用させていただくことになりました」



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一瞬、


意味が理解できなかった。



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「……え?」



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思わず聞き返す。



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電話の向こうから、


もう一度言葉が届く。



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「来週から勤務をお願いしたいと思います」



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採用。



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その二文字が、


胸に落ちてくる。



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「ありがとうございます」



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自然と頭が下がる。



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電話なのに。



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相手には見えないのに。



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それでも、


頭を下げていた。



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電話を切る。



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しばらく動けない。



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母親が心配そうに見る。



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「どうだったの?」



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相沢は答えるまで少し時間がかかった。



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「……決まった」



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母親の表情が変わる。



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「仕事?」



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相沢は頷く。



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「うん」



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その瞬間、


母親の目に涙が浮かぶ。



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「よかった」



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ただそれだけだった。



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大げさな喜びではない。



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でも、


その一言には、


長い年月分の思いが込められていた。



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夜。



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相沢は一人で部屋にいた。



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採用通知を見る。



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紙一枚。



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普通なら、


当たり前のものかもしれない。



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しかし相沢にとっては違った。



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刑務所にいる間、


何度も想像した。



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もう社会には戻れないかもしれない。



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誰にも必要とされないかもしれない。



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そんな不安。



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その不安を、


少しだけ打ち消してくれる紙だった。



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しかし、


完全に安心したわけではない。



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明日から、


新しい場所へ行く。



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自分の過去を知らない人たちと会う。



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いつか知られるかもしれない。



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その恐怖は消えない。



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翌週。



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初出勤の日。



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会社の前に立つ。



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深呼吸。



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扉を開ける。



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「おはようございます」



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挨拶をする。



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社員たちが振り返る。



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「おはよう」



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普通の返事。



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それだけなのに、


少し驚いた。



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誰も自分を特別扱いしない。



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誰も過去を知らない。



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もちろん、


それは一時的かもしれない。



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でも、


今日だけは普通の人間として扱われている。



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教育担当になったのは、


四十代の男性社員だった。



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名前は田中。



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「分からないことは聞いて」



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「最初は誰でも新人だから」



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その言葉が、


相沢には新鮮だった。



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新人。



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その言葉を自分に向けられる日が来るとは思わなかった。



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昼休み。



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社員たちは雑談している。



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趣味の話。



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休日の話。



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家族の話。



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相沢は少し離れて聞いていた。



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昔なら、


自然に輪に入っていた。



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でも今は、


自分から距離を置いてしまう。



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罪悪感が壁になる。



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午後。



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作業を覚える。



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失敗する。



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注意される。



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それでも、


「すみません」


と言って修正する。



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当たり前の一日。



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しかし、


相沢にとっては、


新しく人生を作る一日だった。



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帰宅。



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母親が聞く。



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「疲れた?」



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相沢は少し笑う。



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「疲れた」



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「でも……」



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窓の外を見る。



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「悪くなかった」



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母親は何も言わず、


夕飯の準備を続けた。



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その背中を見ながら、


相沢は思う。



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失ったものは戻らない。



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健は帰ってこない。



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過去は変えられない。



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それでも、


今日という一日は作れる。



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その夜。



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相沢は久しぶりに、


「明日も起きよう」


と思いながら眠った。



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第4章 第5話 完



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次回


第4章 第6話


「知られていない過去」


新しい職場に少しずつ馴染む相沢。

しかし、ある出来事をきっかけに、彼の過去を知る人物が現れる。

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