第5話「採用通知」
電話を取る。
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「はい、相沢です」
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数秒の沈黙。
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相手の声を待つ時間が、
妙に長く感じた。
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「先日の面接の件ですが」
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相沢は背筋を伸ばす。
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「はい」
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「社内で検討しました」
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その言葉だけで、
胸が締め付けられる。
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結果を待つ時間は、
判決を聞く時とは違う。
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だが、
どこか似ていた。
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自分では決められない。
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相手の判断を待つしかない。
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「相沢さん」
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「採用させていただくことになりました」
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一瞬、
意味が理解できなかった。
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「……え?」
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思わず聞き返す。
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電話の向こうから、
もう一度言葉が届く。
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「来週から勤務をお願いしたいと思います」
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採用。
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その二文字が、
胸に落ちてくる。
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「ありがとうございます」
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自然と頭が下がる。
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電話なのに。
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相手には見えないのに。
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それでも、
頭を下げていた。
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電話を切る。
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しばらく動けない。
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母親が心配そうに見る。
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「どうだったの?」
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相沢は答えるまで少し時間がかかった。
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「……決まった」
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母親の表情が変わる。
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「仕事?」
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相沢は頷く。
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「うん」
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その瞬間、
母親の目に涙が浮かぶ。
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「よかった」
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ただそれだけだった。
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大げさな喜びではない。
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でも、
その一言には、
長い年月分の思いが込められていた。
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夜。
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相沢は一人で部屋にいた。
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採用通知を見る。
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紙一枚。
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普通なら、
当たり前のものかもしれない。
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しかし相沢にとっては違った。
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刑務所にいる間、
何度も想像した。
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もう社会には戻れないかもしれない。
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誰にも必要とされないかもしれない。
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そんな不安。
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その不安を、
少しだけ打ち消してくれる紙だった。
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しかし、
完全に安心したわけではない。
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明日から、
新しい場所へ行く。
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自分の過去を知らない人たちと会う。
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いつか知られるかもしれない。
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その恐怖は消えない。
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翌週。
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初出勤の日。
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会社の前に立つ。
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深呼吸。
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扉を開ける。
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「おはようございます」
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挨拶をする。
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社員たちが振り返る。
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「おはよう」
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普通の返事。
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それだけなのに、
少し驚いた。
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誰も自分を特別扱いしない。
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誰も過去を知らない。
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もちろん、
それは一時的かもしれない。
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でも、
今日だけは普通の人間として扱われている。
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教育担当になったのは、
四十代の男性社員だった。
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名前は田中。
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「分からないことは聞いて」
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「最初は誰でも新人だから」
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その言葉が、
相沢には新鮮だった。
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新人。
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その言葉を自分に向けられる日が来るとは思わなかった。
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昼休み。
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社員たちは雑談している。
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趣味の話。
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休日の話。
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家族の話。
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相沢は少し離れて聞いていた。
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昔なら、
自然に輪に入っていた。
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でも今は、
自分から距離を置いてしまう。
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罪悪感が壁になる。
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午後。
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作業を覚える。
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失敗する。
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注意される。
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それでも、
「すみません」
と言って修正する。
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当たり前の一日。
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しかし、
相沢にとっては、
新しく人生を作る一日だった。
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帰宅。
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母親が聞く。
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「疲れた?」
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相沢は少し笑う。
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「疲れた」
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「でも……」
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窓の外を見る。
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「悪くなかった」
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母親は何も言わず、
夕飯の準備を続けた。
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その背中を見ながら、
相沢は思う。
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失ったものは戻らない。
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健は帰ってこない。
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過去は変えられない。
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それでも、
今日という一日は作れる。
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その夜。
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相沢は久しぶりに、
「明日も起きよう」
と思いながら眠った。
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第4章 第5話 完
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次回
第4章 第6話
「知られていない過去」
新しい職場に少しずつ馴染む相沢。
しかし、ある出来事をきっかけに、彼の過去を知る人物が現れる。




