第3話「履歴書に書けない過去」
朝。
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相沢は机の前に座っていた。
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目の前には一枚の紙。
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履歴書。
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刑務所にいた頃、
何度も想像した。
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出所したら仕事を探す。
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働く。
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普通の生活を取り戻す。
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そのために必要なもの。
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住所。
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連絡先。
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資格。
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経歴。
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そして、
空白の時間。
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相沢はペンを持つ。
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学歴。
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職歴。
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ここまでは書ける。
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しかし、
手が止まる場所があった。
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「空白期間」
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その文字を見る。
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刑務所にいた期間。
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嘘を書けば、
後で必ず分かる。
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書かなければ、
不自然になる。
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相沢はしばらく動けなかった。
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母親が部屋の前を通る。
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「大丈夫?」
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相沢は振り返る。
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「……うん」
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だが、
自分でも分かっていた。
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大丈夫ではない。
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午前。
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ハローワークへ向かった。
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建物の前で、
足が止まる。
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たくさんの人が出入りしている。
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仕事を探している人。
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人生を立て直そうとしている人。
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その中に、
自分もいる。
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受付で説明を受ける。
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担当者は丁寧だった。
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「希望される職種はありますか?」
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相沢は答える。
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「以前は営業をしていました」
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担当者は頷く。
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「経験がありますね」
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その言葉に、
少しだけ期待する。
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しかし、
次の質問。
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「離職期間について確認しますね」
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空気が変わる。
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相沢は息を吸う。
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逃げてはいけない。
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「服役していました」
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一瞬。
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担当者の表情が変わった。
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ほんのわずか。
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しかし、
相沢には分かった。
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その瞬間。
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昔なら、
その反応から逃げていた。
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だが今は違う。
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「飲酒運転による事故です」
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「人を亡くしました」
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静かな声で言う。
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担当者は少し黙る。
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そして、
ゆっくり頷いた。
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「分かりました」
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「再就職には時間がかかる可能性があります」
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優しい言葉だった。
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でも、
現実の厳しさも含んでいた。
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帰り道。
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街を歩く。
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何件か求人を見る。
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応募条件。
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経験者歓迎。
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未経験可。
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普通なら、
希望になる言葉。
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しかし相沢には、
その先にある質問が見える。
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「なぜこの期間が空いているのですか」
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その質問。
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避けられない過去。
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夜。
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家。
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母親と夕食を食べる。
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母親が聞く。
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「どうだった?」
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相沢は少し考える。
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「難しいと思う」
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母親は黙って頷く。
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励ます言葉を探しているのが分かる。
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でも、
簡単な言葉ではない。
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相沢は言う。
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「でも、探す」
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「時間がかかっても」
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母親を見る。
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「逃げないから」
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母親の目が少し潤む。
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「……そう」
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それだけだった。
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でも、
その一言には、
たくさんの意味があった。
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夜。
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部屋。
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相沢は机の上の三通の手紙を見る。
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健の母親の言葉を思い出す。
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『あなたにも生きてほしいと思います』
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生きるとは、
楽になることではない。
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過去を消すことでもない。
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苦しさを抱えたまま、
それでも歩き続けること。
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相沢は新しい履歴書を取り出す。
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もう一度、
ペンを持つ。
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明日も探す。
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何度断られても。
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何度過去を見られても。
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自分の人生から、
逃げないために。
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第4章 第3話 完
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次回
第4章 第4話
「最初の面接」
相沢は初めて会社の面接へ向かう。
しかし、面接官の一言で過去と現在が交差する。




