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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第3話「履歴書に書けない過去」

朝。



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相沢は机の前に座っていた。



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目の前には一枚の紙。



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履歴書。



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刑務所にいた頃、


何度も想像した。



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出所したら仕事を探す。



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働く。



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普通の生活を取り戻す。



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そのために必要なもの。



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住所。



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連絡先。



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資格。



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経歴。



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そして、


空白の時間。



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相沢はペンを持つ。



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学歴。



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職歴。



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ここまでは書ける。



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しかし、


手が止まる場所があった。



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「空白期間」



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その文字を見る。



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刑務所にいた期間。



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嘘を書けば、


後で必ず分かる。



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書かなければ、


不自然になる。



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相沢はしばらく動けなかった。



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母親が部屋の前を通る。



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「大丈夫?」



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相沢は振り返る。



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「……うん」



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だが、


自分でも分かっていた。



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大丈夫ではない。



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午前。



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ハローワークへ向かった。



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建物の前で、


足が止まる。



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たくさんの人が出入りしている。



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仕事を探している人。



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人生を立て直そうとしている人。



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その中に、


自分もいる。



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受付で説明を受ける。



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担当者は丁寧だった。



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「希望される職種はありますか?」



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相沢は答える。



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「以前は営業をしていました」



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担当者は頷く。



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「経験がありますね」



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その言葉に、


少しだけ期待する。



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しかし、


次の質問。



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「離職期間について確認しますね」



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空気が変わる。



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相沢は息を吸う。



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逃げてはいけない。



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「服役していました」



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一瞬。



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担当者の表情が変わった。



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ほんのわずか。



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しかし、


相沢には分かった。



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その瞬間。



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昔なら、


その反応から逃げていた。



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だが今は違う。



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「飲酒運転による事故です」



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「人を亡くしました」



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静かな声で言う。



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担当者は少し黙る。



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そして、


ゆっくり頷いた。



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「分かりました」



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「再就職には時間がかかる可能性があります」



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優しい言葉だった。



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でも、


現実の厳しさも含んでいた。



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帰り道。



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街を歩く。



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何件か求人を見る。



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応募条件。



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経験者歓迎。



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未経験可。



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普通なら、


希望になる言葉。



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しかし相沢には、


その先にある質問が見える。



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「なぜこの期間が空いているのですか」



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その質問。



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避けられない過去。



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夜。



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家。



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母親と夕食を食べる。



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母親が聞く。



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「どうだった?」



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相沢は少し考える。



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「難しいと思う」



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母親は黙って頷く。



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励ます言葉を探しているのが分かる。



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でも、


簡単な言葉ではない。



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相沢は言う。



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「でも、探す」



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「時間がかかっても」



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母親を見る。



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「逃げないから」



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母親の目が少し潤む。



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「……そう」



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それだけだった。



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でも、


その一言には、


たくさんの意味があった。



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夜。



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部屋。



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相沢は机の上の三通の手紙を見る。



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健の母親の言葉を思い出す。



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『あなたにも生きてほしいと思います』



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生きるとは、


楽になることではない。



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過去を消すことでもない。



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苦しさを抱えたまま、


それでも歩き続けること。



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相沢は新しい履歴書を取り出す。



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もう一度、


ペンを持つ。



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明日も探す。



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何度断られても。



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何度過去を見られても。



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自分の人生から、


逃げないために。



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第4章 第3話 完



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次回


第4章 第4話


「最初の面接」


相沢は初めて会社の面接へ向かう。

しかし、面接官の一言で過去と現在が交差する。

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