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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第2話「初めての朝」

目覚ましの音で、


相沢は目を覚ました。



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一瞬、


何が起きたのか分からなかった。



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白い天井。



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柔らかい布団。



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静かな部屋。



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刑務所ではない。



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数秒後、


現実が戻ってくる。



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家にいる。



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出所したのだ。



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相沢はゆっくり身体を起こした。



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時計を見る。



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午前六時。



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昔なら、


仕事へ行く準備をしていた時間。



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しかし今日は違う。



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決まった場所へ行く予定はない。



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その事実が、


少し怖かった。



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布団を畳む。



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刑務所で染みついた習慣だった。



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部屋を整える。



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机の上を見る。



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三通の手紙。



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相沢は一度だけ触れる。



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「行ってくる」



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誰に言ったのか分からない。



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母親。



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妹。



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健。



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そして、


過去の自分。



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一階へ降りる。



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台所から音が聞こえる。



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母親が朝食を作っていた。



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「おはよう」



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その一言。



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普通の挨拶。



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なのに、


胸が痛む。



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「おはよう」



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相沢は答える。



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食卓には、


昔と同じような朝食が並んでいた。



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ご飯。



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味噌汁。



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卵焼き。



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特別なものではない。



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でも、


相沢にとっては特別だった。



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刑務所では、


食事は生活の一部だった。



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ここでは違う。



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誰かが、


自分のために作ってくれたものだった。



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箸を持つ。



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一口食べる。



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母親が聞く。



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「味、どう?」



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相沢は少し迷う。



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「……美味しい」



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本当にそう思った。



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母親は少し笑った。



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その笑顔を見ると、


胸が苦しくなる。



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優しくされるほど、


自分の罪を思い出す。



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朝食後。



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母親が一枚の封筒を渡す。



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「妹から」



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相沢は驚く。



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開ける。



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短い手紙だった。



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『帰ったんだね』



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その一文から始まっていた。



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『まだ直接会うのは少し怖い』



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『でも、お兄ちゃんが頑張ろうとしているのは分かる』



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相沢は静かに読む。



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『焦らなくていいと思う』



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『昔みたいには戻れないと思う』



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『でも、新しい関係は作れると思う』



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その言葉で、


胸の奥が熱くなる。



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昔に戻る。



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そればかり考えていた。



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でも、


妹は違った。



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戻れないことを受け入れて、


その先を見ていた。



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午後。



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相沢は外へ出た。



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目的はない。



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ただ、


歩いてみたかった。



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街の中。



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人がいる。



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学生。



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会社員。



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買い物をする人。



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誰も、


自分を見ていない。



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それが不思議だった。



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刑務所の中では、


自分が「受刑者」だった。



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番号で呼ばれる存在だった。



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しかし外では、


誰も自分を知らない。



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自由。



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でも、


同時に孤独だった。



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公園のベンチに座る。



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子供たちが遊んでいる。



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その笑い声を聞く。



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相沢は思う。



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健にも、


こんな未来があったはずだった。



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胸が締め付けられる。



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しかし、


以前のように自分を責め続けるだけではなかった。



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「忘れない」



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小さく呟く。



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忘れないこと。



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それが今の自分にできる唯一のことだった。



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夕方。



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家へ戻る。



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玄関を開ける。



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「ただいま」



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その言葉を言った瞬間、


少しだけ涙が出そうになった。



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刑務所から帰ってきたのではない。



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人生の続きを始めるために帰ってきた。



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夜。



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布団の中。



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相沢は考える。



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明日から、


仕事を探さなければならない。



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社会に戻らなければならない。



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簡単ではない。



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それでも、


一歩ずつ進む。



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もう、


「断れなかった夜」のように、


流されるだけの人生には戻らない。



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相沢は目を閉じる。



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初めての朝は終わった。



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そして、


本当の社会復帰への一日目が始まった。



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第4章 第2話 完



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次回


第4章 第3話


「履歴書に書けない過去」


出所後、相沢は仕事探しを始める。

しかし履歴書の一項目が、社会との壁になる。

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