第2話「初めての朝」
目覚ましの音で、
相沢は目を覚ました。
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一瞬、
何が起きたのか分からなかった。
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白い天井。
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柔らかい布団。
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静かな部屋。
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刑務所ではない。
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数秒後、
現実が戻ってくる。
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家にいる。
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出所したのだ。
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相沢はゆっくり身体を起こした。
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時計を見る。
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午前六時。
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昔なら、
仕事へ行く準備をしていた時間。
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しかし今日は違う。
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決まった場所へ行く予定はない。
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その事実が、
少し怖かった。
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布団を畳む。
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刑務所で染みついた習慣だった。
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部屋を整える。
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机の上を見る。
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三通の手紙。
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相沢は一度だけ触れる。
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「行ってくる」
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誰に言ったのか分からない。
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母親。
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妹。
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健。
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そして、
過去の自分。
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一階へ降りる。
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台所から音が聞こえる。
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母親が朝食を作っていた。
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「おはよう」
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その一言。
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普通の挨拶。
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なのに、
胸が痛む。
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「おはよう」
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相沢は答える。
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食卓には、
昔と同じような朝食が並んでいた。
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ご飯。
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味噌汁。
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卵焼き。
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特別なものではない。
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でも、
相沢にとっては特別だった。
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刑務所では、
食事は生活の一部だった。
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ここでは違う。
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誰かが、
自分のために作ってくれたものだった。
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箸を持つ。
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一口食べる。
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母親が聞く。
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「味、どう?」
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相沢は少し迷う。
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「……美味しい」
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本当にそう思った。
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母親は少し笑った。
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その笑顔を見ると、
胸が苦しくなる。
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優しくされるほど、
自分の罪を思い出す。
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朝食後。
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母親が一枚の封筒を渡す。
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「妹から」
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相沢は驚く。
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開ける。
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短い手紙だった。
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『帰ったんだね』
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その一文から始まっていた。
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『まだ直接会うのは少し怖い』
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『でも、お兄ちゃんが頑張ろうとしているのは分かる』
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相沢は静かに読む。
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『焦らなくていいと思う』
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『昔みたいには戻れないと思う』
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『でも、新しい関係は作れると思う』
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その言葉で、
胸の奥が熱くなる。
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昔に戻る。
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そればかり考えていた。
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でも、
妹は違った。
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戻れないことを受け入れて、
その先を見ていた。
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午後。
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相沢は外へ出た。
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目的はない。
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ただ、
歩いてみたかった。
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街の中。
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人がいる。
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学生。
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会社員。
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買い物をする人。
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誰も、
自分を見ていない。
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それが不思議だった。
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刑務所の中では、
自分が「受刑者」だった。
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番号で呼ばれる存在だった。
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しかし外では、
誰も自分を知らない。
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自由。
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でも、
同時に孤独だった。
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公園のベンチに座る。
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子供たちが遊んでいる。
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その笑い声を聞く。
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相沢は思う。
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健にも、
こんな未来があったはずだった。
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胸が締め付けられる。
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しかし、
以前のように自分を責め続けるだけではなかった。
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「忘れない」
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小さく呟く。
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忘れないこと。
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それが今の自分にできる唯一のことだった。
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夕方。
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家へ戻る。
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玄関を開ける。
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「ただいま」
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その言葉を言った瞬間、
少しだけ涙が出そうになった。
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刑務所から帰ってきたのではない。
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人生の続きを始めるために帰ってきた。
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夜。
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布団の中。
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相沢は考える。
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明日から、
仕事を探さなければならない。
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社会に戻らなければならない。
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簡単ではない。
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それでも、
一歩ずつ進む。
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もう、
「断れなかった夜」のように、
流されるだけの人生には戻らない。
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相沢は目を閉じる。
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初めての朝は終わった。
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そして、
本当の社会復帰への一日目が始まった。
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第4章 第2話 完
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次回
第4章 第3話
「履歴書に書けない過去」
出所後、相沢は仕事探しを始める。
しかし履歴書の一項目が、社会との壁になる。




