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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第50話「年末の面会」

十二月。



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施設の朝は、


刺すような寒さになっていた。



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窓の隅には白い結露。



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手を洗う水は冷たい。



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冬が完全に来ていた。



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相沢は作業服の襟を少しだけ直す。



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今日、


面会が入っていた。



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母親。



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そして、


妹。



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初めての二人同時の面会だった。



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胸の奥が落ち着かない。



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緊張。



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不安。



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期待。



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どれも混ざっている。



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午前中。



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作業の時間が妙に長く感じた。



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長期刑の男が小さく言う。



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「行ってこい」



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それだけだった。



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相沢は少し頭を下げる。



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面会室へ向かう。



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廊下を歩くたび、


心臓が重くなる。



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扉が開く。



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透明な仕切り。



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受話器。



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そして、


二人の姿。



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母親。



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妹。



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妹は少し髪が伸びていた。



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事故の前より、


大人びて見える。



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時間が流れていた。



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自分の知らない場所で。



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相沢は座る。



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受話器を取る。



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最初に口を開いたのは母親だった。



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「寒いね」



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面会のたびに、


母親は季節の話をする。



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それが少しだけ嬉しかった。



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普通の会話だからだ。



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相沢は頷く。



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「うん」



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妹は少し緊張しているようだった。



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目が合う。



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事故以来、


まともに顔を見るのは初めてだった。



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相沢は何を言えばいいのか分からない。



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妹も同じだった。



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数秒の沈黙。



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そして妹が小さく言った。



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「返事、ありがとう」



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相沢は少しだけ笑う。



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「こちらこそ」



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その瞬間、


何かが少しだけほどけた。



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妹は続ける。



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「思ったより元気そうで安心した」



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相沢は返答に困る。



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元気。



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その言葉は難しい。



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だが、


少なくとも生きている。



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それは事実だった。



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母親が話題を変える。



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家のこと。



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近所のこと。



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庭の金木犀のこと。



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妹も少しずつ会話に入る。



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最初のぎこちなさは、


少しずつ消えていった。



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突然、


妹が言う。



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「お兄ちゃん」



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相沢は顔を上げる。



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妹は少し迷ってから続けた。



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「ちゃんとご飯食べてる?」



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思わず笑いそうになる。



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母親と同じ質問だった。



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家族だな、


と思う。



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「食べてるよ」



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妹は頷く。



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それだけで少し安心した顔をする。



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面会終了の時間が近づく。



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職員が合図を出す。



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別れの時間。



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母親はいつも通り、


最後まで笑おうとしていた。



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妹は少しだけ視線を下げる。



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そして最後に言った。



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「また来るから」



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短い言葉。



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だが、


相沢の胸には強く残った。



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また来る。



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それは、


未来の約束だった。



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扉が閉まる。



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二人の姿が見えなくなる。



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相沢はしばらく動けなかった。



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事故以来、


ずっと失ったものばかり数えていた。



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失った友人。



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失った日常。



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失った未来。



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だが今日、


少しだけ気づく。



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失われなかったものもある。



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壊れたままでも、


繋がっているものがある。



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夜。



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消灯。



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暗闇の中で、


相沢は妹の言葉を思い出す。



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「また来るから」



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その言葉は、


どんな励ましよりも温かかった。



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人は時々、


大きな希望ではなく、


次に会う約束だけで生きていけるのかもしれない。



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そして相沢は、


久しぶりに穏やかな気持ちで眠りについた。



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※第51話「白い朝」へ続く。

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