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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第49話「雪が降る前に」

十一月の終わり。



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朝の空気は、


もう冬だった。



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吐く息が白い。



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施設の庭の木々は、


ほとんど葉を落としていた。



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裸になった枝が、


灰色の空へ伸びている。



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相沢は整列しながら、


その景色を見ていた。



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以前なら、


季節なんてどうでもよかった。



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今日を終えることだけで精一杯だった。



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だが今は少し違う。



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季節の変化に気づく。



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時間が流れていることを感じる。



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それは良いことなのか、


まだ分からない。



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午前作業。



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長期刑の男が、


珍しく昔話を始めた。



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「雪、好きだったんだよ」



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相沢は少し驚く。



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男からそんな話を聞くのは初めてだった。



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「意外ですね」



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男は小さく笑う。



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「俺だって子供だった」



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それは当たり前のことなのに、


なぜか意外だった。



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男は続ける。



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「初雪の日はよ」



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「世界が少しだけ綺麗に見えた」



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相沢は黙って聞く。



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男の目は、


遠い場所を見ていた。



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「まあ、今は寒いだけだけどな」



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その言葉に、


二人とも少しだけ笑った。



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昼休み。



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テレビでは年末商戦のニュースが流れている。



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クリスマス。



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イルミネーション。



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お歳暮。



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外の世界は、


もう年末へ向かっていた。



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相沢は思う。



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去年の今頃、


自分は何をしていただろう。



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仕事をしていた。



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友人と笑っていた。



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未来が続くと思っていた。



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そして、


事故の日は突然やってきた。



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人生は予告なく壊れる。



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それを知ってしまった。



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午後。



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作業が終わる頃、


窓の外が少し暗くなっていた。



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冬の日は短い。



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気づけば夕方になる。



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相沢はその暗さを見ながら思う。



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自分も長い間、


夜の中にいた。



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事故。



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裁判。



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収監。



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どこを見ても出口がなかった。



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だが最近、


少しだけ違う。



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出口ではない。



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ただ、


遠くに小さな光がある気がする。



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それが何なのかは分からない。



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家族かもしれない。



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健の母親の手紙かもしれない。



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あるいは、


まだ見ぬ未来かもしれない。



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夕方。



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房。



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相沢は妹からの手紙を読む。



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母親の手紙も読む。



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そして、


健の母親の手紙も読む。



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三通とも違う。



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だが共通しているものがある。



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誰も、


過去を消してはいない。



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許してもいない。



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それでも、


言葉を送ってくれた。



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その事実だけが、


胸に残る。



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夜。



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消灯。



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静かな暗闇。



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相沢は目を閉じる。



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もうすぐ雪が降る。



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この場所にも、


外の世界にも。



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冬は厳しい。



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長い。



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寒い。



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それでも、


春が来ない冬はない。



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そんな当たり前のことを、


今の自分は少しだけ信じられる気がしていた。



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そしてその夜、


相沢は事故以来初めて、


健の夢を見なかった。



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※第50話「年末の面会」へ続く。

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