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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第48話「返せない手紙」

翌朝。



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相沢はほとんど眠れなかった。



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起床の号令が鳴る前から、


目は開いていた。



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健の母親の手紙。



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昨夜だけで、


何度読み返したか分からない。



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「許せません」



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「でも、あなたにも生きてほしいと思います」



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その二つの言葉が、


頭の中で何度も繰り返される。



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午前作業。



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手は動いている。



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だが意識は遠かった。



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長期刑の男が、


珍しく相沢の顔を見た。



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「眠れなかったか」



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相沢は少しだけ頷く。



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男は深く聞かない。



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ただ、


経験上分かるのだろう。



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何か大きなものが来た時の顔を。



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昼休み。



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相沢は一人で座る。



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健の母親に返事を書くべきか。



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その考えが離れない。



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だが、


何を書けばいい。



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謝罪か。



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そんなものは、


何年も前からしている。



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反省か。



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そんな言葉は、


今さら軽すぎる。



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感謝か。



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それも違う気がする。



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便箋を前にする。



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白い紙。



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何も書けない。



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妹への手紙は書けた。



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母親への言葉も出た。



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だが、


健の母親には出てこない。



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なぜなら、


自分には何も返す資格がない気がしたからだ。



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午後。



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作業中、


相沢はふと思い出す。



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事故の少し前。



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健の母親は、


何度か迎えに来たことがあった。



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「遅くならないようにね」



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笑いながら言っていた。



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その時は何も思わなかった。



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友人の母親。



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それだけだった。



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だが今は違う。



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あの人から、


息子を奪った。



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その事実は、


どれだけ時間が経っても変わらない。



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夕方。



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房。



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相沢は机に向かう。



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便箋を広げる。



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そして一行だけ書いた。



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「手紙を読ませていただきました」



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そこで止まる。



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次が出ない。



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十分ほど考える。



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三十分。



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一時間。



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それでも出ない。



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相沢はペンを置く。



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たぶん今はまだ無理だ。



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言葉が足りないのではない。



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自分自身が、


まだその手紙を受け止めきれていない。



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夜。



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消灯。



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暗闇の中、


相沢は健の母親の言葉を思い返す。



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許せない。



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でも生きてほしい。



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その二つは、


矛盾しているようで矛盾していないのかもしれない。



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許しと生存は別の話だ。



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罪が消えることと、


生きることも別の話だ。



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相沢は目を閉じる。



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今までずっと、


「どう償うか」ばかり考えていた。



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だが初めて、


別の問いが浮かぶ。



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「どう生きるか」



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それはまだ答えのない問いだった。



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しかし、


その問いを考え始めたこと自体が、


少しずつ季節が変わっている証拠なのかもしれなかった。



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※第49話「雪が降る前に」へ続く。

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