第十九話
膝の上に感じる小さな重みに自然と口元に笑みが溢れる。
「本当に愛してるよ、エレ。」
溢れた言葉は誰にも届かずに消えていく。
立太子の儀式の日から一気にエレの周囲が賑やかになった。
今まで意地でも紹介してこなかった側近たちとの挨拶を終えてしまい、その婚約者たちとの仲が急激に深まっていった。
学園でも元平民の令嬢と何やらすぐに仲良くなってしまい、自分との時間が減っていた。
といっても、もともと四六時中一緒にいたところが1割程度減っただけなのだが、それだけでも正直耐えられないくらいには僕はエレに執心している。
側近も令嬢たちもエレに危害は加えないとわかっていても自分の見えないところにエレがいるのは落ち着かない。
前回はリリアナ嬢から送られてきた、女子会中にエレがこぼした小さな不満集を送られてきた時は全ての解決策を出すのに半日かかってしまい、エレの屋敷に顔を出すのが遅くなってしまった。
そしたらリリアナ嬢たちと城下に降りてるって言われたもんだから一瞬頭が真っ白になったよ。
でも、最近エレがリリアナ嬢たちの前で見せる笑顔を思い出して思いとどまり帰ってくるまで屋敷で待たせてもらった。
そしたらエレが楽しそうな笑顔で帰ってくるもんだから、怒る気力すら無くしてしまった。
まあ、もとより怒る気はなかったが。
その時のリリアナ嬢ときたら、心底悔しそうにしてたが。
「あら、あの量を1日かからずに終わらせてしまいましたか。1日はかかると思っていたのですが・・・。計算ミスでしたわね。」
「1日考え込ませたいならあの3倍は持ってこないとね。」
「常人であれば2週間は悩んでいてもおかしくない量ですが?」
「エレのことに対して、私が常人的だったことがあったかな?」
私がエレのことに関して常人の枠にハマったことがないことくらい自覚済みだ。
僕は宝物のためなら自分の恵まれた脳みそを惜しみなく使わせてもらう。
僕の持っているもの全てを使って、エレのために動いているんだ。
常人と一緒にされては困る。
エレのためなら名を捨てたって問題はないと思っているくらいだ。
足に乗る柔らかい銀髪を撫でていれば嬉しそうに口元が緩んでいた。
一体どんな夢を見ているのか。
目の前に広がる湖は女神が生まれたと言われる場所だ。
建国前から存在するこの湖は、神々が住む世界と僕たちが住む世界とを結ぶ役割と持っていると伝えられていた。
この話を聞いたのは僕が立太子された夜のことだ。
閉会後の夜に両親の私室の談話室に呼ばれ伝えられた、湖の話とエレが持つ宝石眼の秘密。
エレから目についての話を聞いたことはなく、両親曰くひと握りの高位貴族しか知らないとのことだから、きっとエレの家族は宝石眼について詳しいことは知らないはずだ。
神々の世界に繋がるこの湖に来ればエレの目が治る何かのきっかけがあるんじゃないかと、一抹の期待を持って今日は連れてきた。
まぁ、もしここで何も見つけることができなかったとしてもこの先エレを手放すことも治すこと諦めることもない。
僕が生きている限り、たとえ先に死んでしまったとしても、エレには幸せな人生を歩ませてあげたいんだ。
「少し冷えてきたね。」
陽が傾き始め、日陰が多くなり始めた。
ブランケットをかけてあげると言うよりはそろそろ起こしてあげるほうがいい時間帯だ。
「エレ、エレ。そろそろ時間だから、王城に戻ろうか。」
「ん・・・。ヴィ・・・?」
まだ少し寝ぼけている彼女は無防備で可愛すぎる。襲いたくなる自分の理性をなんとか抑えて微笑みを返す。
「うん。僕だよ。おはよう。」
光の失われているエレの宝石眼が目に入る。
そして、小さなひっかりを覚えた。
さっきよりも、目に光を感じた気がした。




