第十八話
「ん・・・ヴィ・・・?」
寝落ちてからどれだけの時間が経ったのだろうか。
湖のほとりにいたはずなのに水の音も風の音も聞こえない。
何より、ヴィの膝枕で寝ていたはず何に、柔らかい感覚とカサカサとした音が聞こえる。
ふと目を開けて驚いた。
目の前に広がる花畑。
私の足元に所狭しと咲き乱れるのは、色とりどりのスターチスの花。
視線を足元から空に映せば、晴れ渡る青空が目に入る。
「これは夢ね」
夢だとわかっていても、自分の目で綺麗な景色を認識できることに喜びが抑えられない。
ピィィ
聞こえてきた方に目を向ければ、そこには幼い頃に見たアイリス・ルミナの姿があった。
当時4歳。母と共に見たあの鳥をまた見ることができるなんて。
あの時と変わらないキラキラと輝きながら飛ぶ空を泳ぐ小さな虹を追いかけるように走る。
「こんなふうに走るのはいつぶりかしらね」
テンションの高ぶりに応じて自分の声が明るくなっていくのを感じる。
目が見えなくなってからは走ることは無くなった。
でも今、自分の目で見て感じることができることの喜びを思い出してしまった。
「あれは・・・?」
アイリス・ルミナを追ってたどり着いた先には、街ひとつを飲み込めそうなほどに大きな大樹。
アイリス・ルミナが大樹の根元に降り立った。
遠くから見れば大きな銀色の大樹だが、いざ近くまで入ってみれば銀色の葉に光が当たり、キラキラとしてとても幻想的だった。反射した光が自分に降りかかってくる。
「ヴィにも見せてあげたい」
こんなに綺麗な景色を1人で見るのは些か寂しさを感じる。
今まで、ヴィがたくさんの綺麗な景色の様子を話してくれて、それを想像して楽しんでいたけど、たまには一緒に喋ってみたい。
そんな叶わない夢物語が頭をよぎる。
「叶えられるわよ。」
「・・・え?」
突然他人の声が聞こえてきたので辺りを見渡すが人の姿はない。
「ふふ。キョロキョロしてて可愛い。」
キョロキョロしているのがバレてて恥ずかしい。
木の裏側にいるかもと反対側に回ってみるが誰もいない。
すると、誰かに肩を叩かれた。
反射で振り返ると、そこには長い銀髪を風に靡かせながら立つ美人が1人。
「・・・。驚きで声が出ませんでした。」
「ええ。顔を見ればわかるわ。大きな瞳を溢れ落としそうなくらいに見開いているんですもの。」
くすくすと笑う彼女はとても綺麗で、どこか既視感がある。
「あの、どこかで会ったことがありますか?」
「いいえ。初対面よ。」
「ですよね。」
初対面なはずなのだが、どこかで見かけたことがあるような、ないような。
「でも、既視感があるのは間違ってないんじゃないかしら。」
そういった彼女は、目を瞑り、少し屈んで両手を広げる。
その姿は、まさに包容力の塊だった。
そして私はその姿を確かに知っている。
朧げではあるが、その姿を見たことがある。
「まさか・・・。ルミエリス様なのですか?」
「正解」
語尾にハートがつきそうなくらいお茶目に言う彼女は、我が国で豊穣と守護の女神として崇められている存在だ。
「でも、なぜルミエリス様が私の夢の中に?」
「あら、あなたまだ聞いてないの?」
「何をです?」
聞き返してみるが、ルミエリス様からの返答はなく、少し考えた後に「まあいいわ」と教えていただけなかった。
「ちなみに、ここは確かにあなたの夢の中だけど、私の神域でもあるのよ。」
「そうだったのですね。だからこんなに、綺麗で心が落ち着くのですね。」
「そうでしょう。」と言わんばかりに胸を張るルミエリス様が少し可愛くて笑みがこぼれる。
「目が見えなくなってから6年が経つので、正直、花がどんなに綺麗だったかも忘れてしまっておりました。・・・大好きな殿下の、今のお姿さえわからないので、寂しいのです。」
ルミエリス様の近くは心地が良くて、今まで秘めていた気持ちさえもポロッと口をついて出てしまった。
「目が見えなくなった・・・?」
何やら驚いている様子のルミエリス様に「はい。」といって昔起きたことを説明する。
10歳で攫われ、魔力暴走に巻き込まれ、魔砲弾が目に直撃、そのせいで今は見えていない。
そこで終わればいいものの、少しばかりヴィの過保護具合も聞いて欲しくなってしまったので少しだけ話した。
「へえ、エレオノーラも重たい男に捕まったわけね」
「そうかもしれないですね。でも、不思議と嫌じゃないんです。」
ケラケラと笑う彼女につられて、なんだか私も笑顔になる。
「でも、そう。納得ができたわ。なぜあなたが今までこちらに来れなかったか。」
「どう言うことですか?」
「詳しいことは、大好きな婚約者様に聞いたらわかるわよ。」
ウィンクをされても、何をどう聞けばいいのかがさっぱりだ。
首を傾げてルミエリス様を見つめる。
「もう、そんなに可愛い顔してもダメよ。きっと私が話したら怒られちゃう。でもそうね、私にできることならあるはずよ。」
そういって彼女の手によって視界が覆われる。
「自分の目で世界を見たいでしょ?」
そう問うた彼女の言葉への返答は間違いなくイエスだ。
「でも、すぐにとはいかないわね。あなたに魔法弾を喰らわせたやつの信仰心が皆無すぎる。憎悪の念が強すぎるわ。魔法の質はその人間の内面で大きく左右されるのよ。そして年数が経っているから少しこびりついているわね。」
まぶたに感じる温かな温もりは、手が離れるとともに薄れていく。
「今日のところはこれが限界かしら。でも、少し変化はあるはずよ。」
「ありがとうございます。」
今は夢の中で全てのものが見えているから、何が変わったのかはわからないが、きっと彼女がそういってくれるなら、何かが変わっているのだろう。
「さ、そろそろ目覚めないと。あなたの王子様が心配しちゃうわよ」
ルミエリス様がそういった途端、抗えない眠気が襲ってきた。
「まだ・・・お礼・・・いえて、な・・・」
「そんなのいいのよ。またいつでも待っているわ。」
その言葉を最後に私の意識は完全に落ちていった。




