第十話
「おはよう、エレ。迎えにきたよ」
翌朝、お父様とお母様と食堂で朝食を食べていると、ノックと共に入ってきたのはヴィだった。
「ヴィ?迎えにきてくださる約束していましたっけ?」
「どうせ行き先は同じなんだ。それに、もし何かあったときにそばにいないと守れないだろう?」
ヴィは当たり前のようにそういうが、家から学園までは馬車で10分程度。その間で何が起きるというのだろうか。
「それとも、僕は要らなかった?」
子犬のような声で言ってくるヴィはわかってやっている分タチが悪い。
私がそんなこと言えないことをわかっているくせに。
そう口に出せば、ヴィは満足そうに笑う。
「すぐに食べますので、少々お待ちください。」
「大丈夫だよ。急いでスープをこぼしたりしたら大変だからね。どうせなら食べさせてあげようか?」
本当にこの王太子は。私の両親がいようと関係ないらしい。
両親もヴィを信頼しているからこそ、きっと生温かい目でこちらを見ている事だろうけど。
しかし、両親の前で婚約者から食べさせてもらうのは流石に恥ずかしすぎるので、丁重にお断りして、残っている分を食べ切ってしまう。
「ごちそうさまでした。ヴィ、お待たせいたしました。」
「ううん。待ってないよ。食べてるエレを見るのも有意義な時間だったから。」
そんなことを言っているヴィを「はいはい」と流しながら、玄関までヴィにエスコートされる。
「お嬢様。」
メイドに呼ばれ、そちらに向き、手をだす。
本来であれば、出した手に学園用のカバンが乗るはずなのだが、触れたのはヴィの手だった。
「エレの手は僕と繋ぐんだよ。カバンは僕が持っているからね。」
そう言ってヴィは私の手を引いて歩く。
「少し失礼するよ。」
少し歩けば、慣れた手つきで私を姫抱きし、馬車に乗り込む。
最近、一度だけ足場の位置の把握を失敗して、転びかけてしまった。
それがあってからヴィは意地でも抱えて乗り降りをしだしてしまった。
たった一回で、単なるミスだからと伝えてもヴィは一切聞く耳を持ってくれない。
ヴィとの関係が長いからこそわかる。
諦めも肝心だと。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。」
「いってきます。」
使用人たちに声をかけ、馬車は発車する。
「昨日、寝れなかったみたいだね。」
「なんともないですよ。」
一体いつ、誰から報告を受けたのやら。
心配そうな手つきで私の目の下を親指が撫でる。
「エレのことは僕が絶対に守るから。どこにも行かないでね。」
縋るような殿下のその声に、私はただ「行きませんよ。」としか返せなかった。
これからヒロインがどう動いていくのか今では未知数だが、私も今更ヴィのいない生活は考えたくもない。
「さ、ついたみたいだ。」
馬車から降りれば、辺りは少しざわめきを帯びる。
「殿下とエレオノーラ様だわ。」
「初日から一緒にご登校とは、仲がよろしいのね。」
「やっぱりお二人は絵になるわね」
少し辺りの声に耳を澄ませてみれば、友好的な声が多くて安心する。
「お二人とも、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
「おはようございます、リリアナ様。」
聞こえてきたのはリリアナ様の声。
「2人も一緒に登校か?」
「いえ、わたくしたちは違いますわよ。」
「ええ。先ほどばったり会いまして。エレオノーラ様、おはようございます。」
どうやら、リリアナだけでなく、アレクもいたらしい。
「あら、アレク様。おはようございます。気づかずすみませんでした。」
足音で2人であることに気づくべきだったと反省する。
「いえいえ、声を発するのが遅くなった私の責任ですので。」
「さあ、教室に行くよ。」
「はあ。わかりましたよ、殿下。」
アレク様との会話を当たり前のように遮るヴィにアレク様も慣れているようで、流れに身を任せる。
「エレオノーラ様は相変わらず殿下に愛されておりますね。」
少し茶化すようなリリアナの言葉に「そんなことは」と返すが、ヴィにすぐに遮られてしまった。
「当たり前だろう。こんなにも可愛くて優しくて愛おしい婚約者だ。愛さずにいられるか。」
「開き直らないでください。」
開き直っているヴィの発言に、少し頬の熱を感じながらも言い返す。
しかし、赤くなっては意味がなく、「赤くなってる。かわいいな。」と耳元で返され、さらに赤くなる。
そんな一部始終を見ているリリアナは楽しそうに笑うし、アレクはアレクで呆れたため息が聞こえる。
「朝から熱いな!2人は!」
「将来の国王様と王妃様が仲がいいのはいいことです!」
「朝から見てられない。」
「ふふ。こればっかりはシドに共感してしまいますわ。」
「僕もシーナに会いたくなってきちゃった。」
いつの間にか教室についていたらしく、いつものメンバーに囲まれる。
シリウスは1人だけ婚約者がこの場にいないのが寂しいらしい。
みんなと席の方まで移動していると、後ろから軽い衝撃が当たった。
「きゃっ」
「エレ、」
転びそうになったところを殿下に支えられる。
「も、申し訳ございません!!お怪我ございませんか!」
ぶつかってきたのは、声から察するに女の子。
昨日の今日で声と名前が一致せず、誰かまでは把握できていない。
「いえ、なんともないので、お気になさらず。」
「すごい量の教科書類ですね。これでは前が見えなく危険でしょう。お手伝いしますよ。」
「え、そんな。悪いです!」
何やら大量の教科書を運んでいて前が見えず、私とぶつかったらしい。
「エレ、怪我してない?足とか捻ってないかい?」
レイナが彼女を手伝っているのを見ているはずなのに私以外眼中にないらしいヴィは心配そうに聞いてくる。
支えてくれた本人なんだけどなぁ。
「ヴィが支えてくれたのでどこも怪我などしてませんよ。ありがとうございます。」
そう言われてようやく安心できたのか、握られていた手の力が抜けていくのがわかる。
本当に、ヴィは過保護すぎる。
でも、そこが少し嬉しかったり。




