第12話「 同担拒否だと思っていた感情は、別のものでした。」
水曜日。今月は、今日を含めて残り三日となっていた
営業成績は普段なら神崎がわずかにリードしている時期だが、今月は寺内が一歩先を走っていた。
陽菜子のそばにいるため外回りを減らしていた影響もあり、今月は寺内に抜かされていたのだ。
それでも、神崎は少しも惜しいとは思わなかった。営業成績の一位より、陽菜子の隣で仕事ができる時間のほうが、彼にとっては何倍も価値があった。
しかし、営業部長はそれを良くは思っていなかった。
「神崎君、そろそろ君も外回りに出てはもらえないか?」
「昨日は白石さんの商談に同行しましたが。」
「だが、昨日の契約実績は白石につけたんだろう? このままでは、君自身の成績がいつもよりかなり低いままだぞ。」
昨日まとまった案件は、今朝正式に契約が成立していた。
「しかし……」
神崎はちらっと陽菜子を見る。
視線に気が付いた陽菜子は口を開いた。
「神崎さん。私はもう大丈夫ですよ。心配せず、外回りに行ってきてください。 」
「春宮さんもそう言っていることだし、今日は外回りを頼むよ。月末まで残り三日だからね。 」
部長はそう言い残し、会議室へ向かっていった。
神崎はあからさまに肩を落とした。
陽菜子も、神崎が昨日の白石の告白にどう返事をしたのか知りたかった。
今日ランチを一緒にとって聞こうかと思っていたが、神崎の営業成績に影響が出るのだけは避けたかった。
神崎はなおも陽菜子を見つめていたが、彼女の笑顔に押し切られるように、渋々うなずいた。
「春宮さん、ランチは一緒にとりましょうね。絶対お昼には帰ってきます。」
神崎は名残惜しそうに荷物をまとめ、外回りへ出かけた。
昼前、寺内は神崎よりも先に帰ってきた。
「春宮ちゃん、この領収書の処理も分かんない。教えて 」
「寺内さん、これは前にも説明しましたよ?」
「春宮ちゃんの説明、分かりやすいからさ」
寺内が陽菜子のデスクへ片手をつき、楽しそうに笑う。
陽菜子も呆れながら、小さく笑い説明を始めた。
そのときだった。 営業部の扉が開いた。
「……ずいぶん楽しそうですね」
神崎が営業鞄を手に、二人を冷たく見つめていた。
「寺内さん。その領収書を渡してください。私が確認します 。」
「今、春宮ちゃんに教えてもらってるところ。」
「私が確認します。」
神崎は同じ言葉を繰り返し、陽菜子と寺内の間へ静かに入り込んだ。
「えー神崎は冷たいから、優しい春宮ちゃんがいい」
駄々っ子のように寺内は言った。神崎をからかっているのだ。
神崎の眉がピクリと動く。
寺内はニヤニヤしていた。
「まー、いいや。とりあえず、聞きたいことは聞いたし。」
「ありがとね、春宮ちゃん」
そう言うと、寺内は神崎へ近づいた。
寺内は神崎の肩を掴むと、陽菜子から少し離れた場所へ引き寄せ、耳元で小さくささやいた。
「お前、油断してると、春宮ちゃんに俺のほうが懐かれちゃうぞ 。」
神崎は一瞬、固まった。
次の瞬間、その表情からすっと温度が消えた。
「……冗談でも、やめろ」
今度は神崎が寺内の肩へ手を置いた。その指先には、無意識のうちに強い力がこもっていた。
「うわ、こわっ」
寺内は小声で笑うと、満足そうに営業部を出ていった。
神崎の脳裏に、寺内へ向けて小さく笑った陽菜子の顔が浮かぶ。
寺内が陽菜子へ近づくことなら、今までも嫌だった。
自分以外の誰かが彼女を推すことも、気安く触れようとすることも許せなかった。
けれど――。
(陽菜子さんが、俺より寺内に懐くのが嫌だと思うのは……なぜだ)
胸の奥に残る、名前の分からない感情。
それは、今まで感じていた同担拒否とは、どこか違っていた。




