↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹営業トップは私の限界オタクでした  作者: アル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/31

第11話「お礼のクッキーは渡せませんでした。」

五月最後の月曜日。

営業部担当が今週の金曜日まで延長された陽菜子は、今日も神崎の隣で仕事をしていた。


神崎に思いを寄せる白石にとって、陽菜子が今週も営業部にいることは面白くなかった。

しかし、いつも隣に神崎がいる。

神崎が陽菜子のそばを離れないのは、自分が先週したことのせいだと白石にも分かっていた。それでも、二人が隣り合って仕事をする姿を見るのは耐え難かった。


月曜日も、神崎は陽菜子の隣をほとんど離れなかった。そんな二人を、白石は苛立ちを隠せないまま見つめていた。



そして翌日の火曜日――。

陽菜子は引き出しにしまっていた小さな紙袋を見た。神崎へのお礼にと、駅前の新しい店で買ったクッキーだった。


(クッキーは昼食後に渡そう。)


始業時間になると、神崎はいつものように陽菜子の隣で作業を始めた。


「神崎さん。白石さんが私に何かしてくることも、もうないと思います。ずっとそばにいてくれなくても大丈夫ですよ? 」


「え、でも…」


先週の水曜日の午後から、神崎は外回りを減らし、ほとんど陽菜子のそばで仕事をしていた。そのせいで営業成績に影響が出始めていることを、陽菜子は心配していた。


白石は二人のやり取りをじっと見つめていた。

陽菜子が自分から神崎を遠ざけようとしている。

今なら、彼を連れ出せるかもしれない。


「神崎さん。今日、私が担当している商談、一緒に来ていただけませんか?先方は大口の新規顧客で、どうしても神崎さんの力をお借りしたいんです。」


白石が神崎に声をかけた。

神崎はすぐには答えなかった。陽菜子を一人にすることには抵抗がある。だが、白石を自分と一緒に連れ出せば、少なくとも彼女が陽菜子に近づくことはない。


「わかりました。」


神崎は短く答えると、陽菜子へ向き直った。


「春宮さん、それでは外回りへ行ってきます。何かあれば、すぐに連絡してください。」


「はい。お二人ともお気をつけて。」


陽菜子は二人を見送り、自分の仕事を再開した。


「春宮さん、この領収書、取引先の名前と食事の目的も書いてきました!」


佐藤が記入漏れのない領収書を渡してきた。


「きちんと書いてありますね。では、こちらで処理しますね。」


佐藤は嬉しそうに自分のデスクへ戻っていった。

陽菜子はふと、隣の空席へ視線を向けた。

神崎と白石が外出してから二時間が過ぎていた。


(ここ数日、ずっと隣にいたちくわくんがいない……。 )


昼前になると、寺内が誰よりも早く外回りから戻ってきた。


「春宮ちゃん。これ、お願いね。」


寺内は交通費の領収書を数枚、陽菜子へ手渡した。


「お預かりしますね。」


「あれ、神崎は?」


「白石さんと外回りへ行きましたよ。」


「へぇ。あいつが春宮ちゃんを置いてねぇ。」


「大口案件があるそうです。神崎さんは営業がお仕事ですから。」


そう答えながら、陽菜子はなぜか胸の奥に小さな寂しさを覚えた。


「今月こそ俺が一位かと思ったけど、大口案件を決められたら、また差をつけられるな。ささっと昼飯食ってまた午後外回りに行くか。」


寺内は足早に社員食堂へ行った。

お昼休みを知らせるチャイムが鳴った。

陽菜子は営業部の入口へ目を向けたが、神崎が戻ってくる様子はない。


「陽菜子~。一緒にランチ行こう!」


同僚の恵美が営業部の入り口で陽菜子を手招きしていた。


「うん、今行くね。」


作業途中の領収書を引き出しに入れ、財布とスマホを持って、恵美と社員食堂へ向かった。


「今日は神崎さん一緒じゃないんだね?」


「うん。営業の仕事が本職だからね。」


「へぇ。陽菜子さっきから入口ばかり見てない?」


「え?見てないよ。」


陽菜子は否定しながらも、食堂の入口をもう一度見ていた。



食事を終え、恵美と別れ、営業部へ戻る陽菜子。

陽菜子は、残っていた領収書の処理を再開した。

午後三時を過ぎた頃、営業部の扉が開いた。

神崎と白石の姿を見つけた瞬間、陽菜子は無意識にほっと息をついた。

神崎は一目散に、陽菜子の隣のデスクに向かう。

それを見た白石は唇を噛んだ。


挿絵(By みてみん)


「神崎さん。おかえりなさい。」


「ただいま戻りました。春宮さん。」

(陽菜子さんに「おかえりなさい」と言っていただけるなら、外回りも悪くない……)


「どうでした?」


「無事、契約の方向で話がまとまりました。」

「あ、もう三時なんですね。ちょっとお茶淹れてきますね。」


神崎は給湯室へ向かった。

白石は唇を噛み、神崎の後を追った。

外回りの間、何度話しかけても、神崎が応じるのは仕事の話だけだった。

ランチも一緒に取ったが、帰社した彼は自分には目もくれず、真っ先に陽菜子のもとへ向かった。

このままでは、何も変わらない。

白石は焦る気持ちを抑えられないまま、給湯室へ入った。


陽菜子はいつもお茶を淹れてくれるお礼に、駅前に新しくできた店のクッキーを持ってきていたことを思い出した。

クッキーなら紅茶にも合うだろう。陽菜子は引き出しから小さな紙袋を取り出し、神崎に伝えるため給湯室へ向かった。


給湯室へ向かうと白石の声が聞こえた。


「神崎さん……今日は助かりました。神崎さんのおかげで、無事に話がまとまりました。」


「いえ、後輩を助けるのは先輩の役割ですから。」


白石はぎゅっと手を握りしめた。


「神崎さん、私…神崎さんのことが好きです。」


挿絵(By みてみん)


それを聞いた陽菜子は胸の奥に、細い針で刺されたような痛みが走った。

陽菜子はクッキーの紙袋を握りしめたまま、神崎の返事を聞かずに引き返した。

クッキーはデスクの引き出しに再びしまった。


(白石さんは美人だし、同じ営業部でずっと神崎さんを見てきたんだ。きっと神崎さんも…… 。)


それ以上考えるのをやめた。

しばらくして、神崎はいつもと同じ表情で、二つのカップを持って戻ってきた。

その後ろに白石の姿はなかった。二人がどんな話をしたのか、神崎の表情からは何も読み取れなかった。


「春宮さん。お茶どうぞ。」


「いつもありがとうございます。」


陽菜子は平然を装った。どうなったか聞きたかった。でも聞けなかった。

陽菜子はクッキーをしまった引き出しへ目を落とした。渡すために持ってきたはずなのに、今は開けることさえできなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。