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冷徹営業トップは私の限界オタクでした  作者: アル


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13/31

第13話「冷徹営業トップのあだ名がバレました。」

その後の木曜日と金曜日も、神崎は営業を優先し、陽菜子のそばにいられる時間はほとんどなかった。

金曜日の夕方、営業部長が満足げな笑みを浮かべて陽菜子へ近づいた。

「春宮さん、約二週間お疲れさま。今月分の処理も無事に終わったよ。」


「こちらこそ、お世話になりました。来週からは経理部に戻りますが、引き続きよろしくお願いいたします。」


陽菜子は営業部の社員たちへ向き直り、丁寧に頭を下げた。


「今日、春宮ちゃんへのお礼も兼ねて、みんなで飲みに行くんだけど、どう? 」


寺内が言った。


「ありがとうございます!ぜひ参加します。」


「神崎も来るよな?」


寺内がからかうように尋ねる。普段の神崎なら、迷うことなく断る誘いだった。

だが、陽菜子が参加すると聞いた以上、断る理由などなかった。


「もちろん、参加します。」


返事は、驚くほど早かった。

営業部の社員たちが、一斉に神崎を見た。

寺内だけが、予想どおりだと言わんばかりに笑っていた。



飲み会は会社近くの居酒屋で開かれた。宴会用の個室には、カラオケも備え付けられていた。

六人掛けの席に座った陽菜子の右隣には神崎、左隣には寺内が座り、向かいには佐藤と女性社員二人が並んでいた。

白石は別のテーブルだった。

注文した飲み物が全員の前に揃うと、寺内が立ち上がった。

全員の視線を集めるように、寺内が大きく咳払いをする。


「えー、春宮ちゃんのおかげで、この二週間、経理部から領収書を突き返されることなく乗り切れました! 」


寺内が大げさに胸を張ると、社員たちから笑い声が上がった。


「春宮ちゃん、お疲れ様!かんぱーい!」


寺内の声に合わせ、あちこちでグラスの触れ合う音が響いた。

全員でグラスを合わせたあと、神崎が陽菜子へそっとグラスを向けた。


「春宮さん、二週間、本当にありがとうございました 。」

(明日から陽菜子さんが営業部にいないと思うと、少し寂しい。 )


二人のグラスが、控えめな音を立てて触れ合った。

料理が次々と運ばれてきた。

神崎の目の前にはサラダが置かれた。

陽菜子がサラダへ手を伸ばそうとすると、神崎が先に取り箸を手にした。


「春宮さん、サラダお取りしますね。」


神崎はサラダを丁寧に小皿へ取り分け、陽菜子の前へ置いた。


「神崎さん、ありがとうございます。」


陽菜子は嬉しそうに受け取る。


「神崎ぃ~。俺にもとってよー。」


「寺内さんは自分でやってください。」


神崎は寺内を見もせず、冷たく返した。

二人のやり取りに、同じテーブルの社員たちが笑った。


二杯目のレモンサワーを飲み終える頃には、陽菜子はいつもよりよく笑うようになっていた。

いつの間にか、陽菜子は神崎の声を聞くために顔を寄せるようになっていた。


「カラオケしよー!」


寺内の呼びかけに女性社員二人も立ち上がり、三人で曲を選ぶと、さっそく歌い始めた。

楽しそうな歌が聞こえてくる。


「じゃあ、俺はトイレ行ってきますね。 」


佐藤もトイレへ立ち上がった。

気が付けばテーブルに残っているのは陽菜子と神崎だけになった。

ほかのテーブルの社員たちも、寺内たちの歌に合わせて手拍子をしていた。

三杯目のレモンサワーを半分ほど飲んだ陽菜子の頬は、ほんのり赤く染まっていた。


「陽菜子さん、お水も飲んでください。」


神崎は陽菜子に小声で水を差し出す。


「ありがとう、ちくわくん。」


ほろ酔いの陽菜子は、声の大きさを抑えられていなかった。

幸い、寺内たちの歌声に紛れ、周囲の社員には聞こえなかった。


「少し、酔っていますか?」


神崎は陽菜子の顔を覗き込む。


「心配性ですね。ちくわくん。」


陽菜子はそう答え、ふにゃりと頬を緩めた。


「えっ、ちくわくんって何ですか!? 」


佐藤の大声が個室中に響き、手拍子がぴたりと止まった。


「えっ?な、なんでもないですよ? 」


「今、神崎さんを『ちくわくん』って呼びましたよね? 」


「えっと……今のは、その……」


陽菜子の目が泳ぐ。

ごまかしきれないと悟った陽菜子は、慌ててスマートフォンを開いた。


「うちの子にそっくりで!」


待ち受け画面に映っていたのは、赤茶色の毛並みをしたシベリアンハスキーだった。

神崎も、陽菜子の愛犬を見るのは初めてだった。


挿絵(By みてみん)


「わっ、本当に神崎さんそっくりっすね! 」


佐藤は悪びれる様子もなく言った。


「この子の名前がちくわくん?」


寺内も面白そうに笑いながら、スマートフォンをのぞき込んだ。


「はい。うちのちくわくんです。すごく可愛いでしょう? 」


陽菜子は嬉しそうに画面を操作し、幼い頃のちくわくんの写真まで見せ始めた。


(陽菜子さんの大切な家族に似ているなら、これ以上光栄なことはない。)


神崎にとっては、あだ名が知られた恥ずかしさより、陽菜子が楽しそうに笑っていることのほうが大切だった。


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