EP 7
満月の狂化と、圧倒的暴力によるDDOS対策
ポポロ村の上空に、巨大で、不気味なほどに赤みを帯びた『満月』が浮かんでいた。
「はぁっ、はぁっ……トーヤ、くん……っ」
村長室のソファで、キャルルが荒い息を吐きながら俺の腕にギュッと抱きついていた。
彼女の体温は異常なほどに高く、ウサギの耳はピンと張り詰め、ルビーのような瞳は普段の何倍も妖しい光を放っている。
「おいキャルル、大丈夫か? 水、飲むか?」
「ううん……いらない。トーヤくんの匂い、嗅いでるだけで……落ち着くから……」
彼女の特異体質。月兎族(上位種)は、満月の夜になると体内の魔力が極限まで高まり、身体能力が暴走状態に陥る。
普段は『無償の愛』で周囲に分け与えていたその莫大なエネルギーが、俺のマネジメントによって【回復禁止】とされた結果、行き場を失って彼女の内にパンパンに溜まりきっているのだ。
「トクン、トクン……トーヤくんの心臓の音、はやい。私のこと、心配してくれてる……ふふっ、嬉しいな……♡」
俺の胸に顔を擦り付けるキャルルからは、甘ったるい匂いと、ゾクッとするほどの独占欲のオーラが漂ってくる。
完全にリミッターが外れかかっている。もし今、俺に危害を加えようとする者が現れれば、彼女は一切の躊躇なく相手を「肉片」に変えるだろう。
「……トーヤ補佐。キャルル村長といちゃついている場合ではありませんよ。システム(村)に、致命的なアラートが発生しました」
バンッ! と勢いよくドアを開けて飛び込んできたのは、エプロン姿のアラトだった。
彼の顔は珍しく険しく、脳内のSEタナカも『うおおおっ! 尋常じゃないトラフィック(敵)が押し寄せてきてるぞ! サーバーが落ちる!!』と絶叫している。
「アバロン魔皇国の正規軍です。先日の小隊が壊滅した報復として、重装歩兵500、魔導ゴーレム10機を率いた『大隊』が、この村に向かって進軍中。到着まで、あと10分!」
「500の軍勢に、ゴーレムだと……?」
俺は立ち上がり、窓の外を見た。
村の西側、アバロン方面の街道から、もうもうと土煙が上がり、無数の松明の光が列をなして近づいてくるのが見えた。
「なるほど。前回のクソ仕様(要求)を突っぱねられたから、今度は力技で『DDOS攻撃(飽和攻撃)』を仕掛けてきたってわけか」
「ええ。俺の【家庭科】で構築した防衛トラップ(ファイアウォール)だけでは、魔導ゴーレムの質量は止められません。このままでは村の畑が蹂躙され、今期の利益が完全に吹き飛びます!」
アラトが算盤を弾きながらギリッと歯を食いしばる。
500の軍勢。通常の辺境村なら、数分で更地にされる絶望的な戦力差だ。
だが、俺はニヤリと笑った。
「慌てるな、アラト。あいつらは、攻撃を仕掛けるタイミングを『最悪の形』で間違えた。よりにもよって、うちの『最強の防衛システム』が最高出力を出せる満月の夜に、のこのこやって来るなんてな」
俺の腕の中で、キャルルがゆっくりと顔を上げた。
「……トーヤくんの村を、壊すの? あの人たち」
「ああ。俺たちの平和な生活と、お前が愛する村の畑を荒らしに来た悪党どもだ」
「そっか」
キャルルの瞳の奥で、カチリ、と何かが切り替わる音がした。
狂気的なまでの『利他主義』と、俺への『過剰な愛情』。それが「外敵の排除」という一点に向けて完全にピントを合わせた瞬間だった。
「……絶対に、許さない。トーヤくんの心音を乱すヤツらは、私が全部、綺麗にお掃除してあげる」
ポポロ村の防壁前。
アバロン魔皇国・第4大隊を率いるギュンター将軍は、馬上に跨りながら冷酷な笑みを浮かべていた。
「ハッ! 辺境のゴミ共が、少しばかり小賢しい罠を張った程度で図に乗りおって。我が大隊の魔導ゴーレムで、村ごとすり潰してくれるわ!」
ドォン、ドォンと地響きを立てて進む10機の巨大な岩石ゴーレム。その後ろには、完全武装した500の重装歩兵が続く。
「全軍、突撃ィ! 逆らう者は皆殺しにしろ! 物資と女は奪い尽く――」
ギュンター将軍が剣を振り下ろそうとした、その時だった。
「【丸投げ(タスク・デリゲーション)】発動! 対象:キャルル・ムーンハート。業務:対象部隊の完全制圧(※ただし死者は出さず、ゴーレムは素材として回収すること)!」
夜空から、トーヤの冷徹な声が響き渡った。
同時に、ギュンター将軍の頭上――赤い満月を背にして、ウサギの耳を持つ一人の少女が宙に浮かんでいるのに気づいた。
「なんだ、あのガキは……?」
バキィィィン!!
キャルルの全身から、血のように赤い魔力が爆発的に吹き上がった。
満月による『種族バフ』に、トーヤの【丸投げ】による『10倍限界突破バフ』が掛け合わさった結果、彼女のステータスは完全にシステムのエラー値を叩き出していた。
「月影流・奥義――『月華の舞』」
ふっ、とキャルルの姿が空中で掻き消えた。
直後。
ゴシャアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
ギュンター将軍の周囲を歩いていた10機の魔導ゴーレムが、一瞬にして『両足と両腕だけを粉砕され』、巨大なダルマと化して地面に沈み込んだ。
「は……? な、何が……」
ギュンターが呆然と声を漏らした瞬間、戦場に凄まじい旋風が吹き荒れた。
赤い残像が、500の重装歩兵の間をジグザグに駆け抜ける。
その動きは、音速を遥かに超えていた。
「あぎっ!?」
「がはっ……!」
「な、なんだこの速さ――ごふぅっ!!」
キャルルのトンファーが、歩兵たちの『顎』と『鳩尾』だけを、ミリ単位の精度で正確に打ち抜いていく。
トーヤの「死者は出すな」という制約を完璧に守りながら、彼女はたった一人で500人規模のDDOS攻撃を、一つ残らず『処理』していた。
「ひ、ひぃぃぃっ! バケモノだ! 逃げろぉぉっ!」
わずか数十秒。
戦場に立っているアバロン兵は、ギュンター将軍ただ一人となっていた。
周囲には、白目を剥いて気絶した500人の兵士と、動けなくなったゴーレムの残骸が転がっている。
「う、嘘だろ……我が精鋭が、たった一人に……?」
震えるギュンターの背後に、ふわりとキャルルが降り立った。
彼女の純白のパーカーには、返り血の一滴すら付着していない。
「ねえ」
背後から聞こえた、甘く、冷たい声。
ギュンターが恐る恐る振り返ると、満面の笑みを浮かべたキャルルが、首をコテッと傾けていた。
「トーヤくんの村、壊そうとしたでしょ? トーヤくんの寝顔、邪魔しようとしたでしょ?」
「ひっ……あ、悪かっ……!」
「ダメだよ。トーヤくんの敵は、全員まとめて――おやすみなさい♡」
ドゴォッ!!
キャルルの容赦ない回し蹴りがギュンターの兜を叩き割り、彼は白目を剥いて数十メートル吹き飛んでいった。
完全なる、大隊の壊滅である。
「……処理完了、か。お疲れ、キャルル」
防壁の上から戦況を監視していた俺は、ストップウォッチ(アラトが召喚したもの)をカチリと止めた。
制圧にかかった時間は、わずか『1分23秒』。
もはや戦争ではなく、ただのバグ掃除だった。
「トーヤ補佐。計算が完了しました」
隣で凄まじい勢いで算盤を弾いていたアラトが、キラリと眼鏡を光らせた。
「アバロン軍の重装備500人分の武具の売却益。魔導ゴーレム10機分の希少鉱石。さらに、将軍クラスの捕虜をアバロン本国に突き返して『身代金(違約金)』をふんだくれば……しめて、金貨5,000枚(約5億円)。今年の村の予算が、一夜にして国家予算レベルに到達しました!」
『うはははは! 敵のDDOS攻撃を利用して、逆に相手のサーバー(国庫)からリソースを引っこ抜いてやったぜ!! これぞ最強の逆ハック!!』
アラトと脳内のタナカが、完全に悪徳商人の顔になって笑っている。
俺は苦笑しながら、防壁の下へ視線を向けた。
「トーヤくーんっ!」
防壁をヒョイッと一飛びで駆け上がってきたキャルルが、そのままの勢いで俺の胸にダイブしてきた。
「えへへっ、私、頑張ったよ! 誰も死なせてないし、ゴーレムの素材も残したよ! 褒めて褒めてっ!」
彼女はウサギの耳を全力でパタパタと振り回し、俺の胸に顔をぐりぐりと押し付けてくる。
先ほどの修羅の如き強さはどこへやら、完全に「ご主人様に褒められたいペット」の顔だ。
だが、その瞳の奥には、俺への執着がさらに深く、黒く刻み込まれているのを俺は見逃さなかった。
「ああ、完璧な仕事だった。お前は俺の最高のパートナーだ、キャルル」
「〜〜〜〜っ♡♡ トーヤくん、大好きっ! もう一生、トーヤくんのそばから離れないからね!」
俺が優しく頭を撫でてやると、キャルルはトロトロに溶けたような顔をして、俺の腕の中で幸せそうに目を閉じた。
こうして、アバロン魔皇国の本格的な軍事侵攻は、ポポロ村の圧倒的な防衛力(物理と算盤)の前に完全に粉砕された。
この噂は瞬く間に大陸中に広まり、「絶対に手を出してはいけない最凶の黒字村」として、ルナミス帝国をも震え上がらせることになる。
俺の【丸投げ】マネジメントによる、異世界最強の村づくり。
その快進撃は、まだ始まったばかりである。
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